恋の音



※誰かさんの親族設定


みょうじは、思っていたよりも良く笑うし、話もする。色んな話題を持っていて、思春期特有の男女間でからかわれることには特に反応しない。バイトが忙しいから部活には入っていなくて、人混みが苦手。良く遊びに行くのはカラオケ。少食でトマトが嫌い。好きなものはコーヒーと甘いもの。

全部、彼女と話すようになったこの1週間で知ったこと。
及川の取り巻きのような甲高いそれとは違う落ち着いた声が心地よくて、彼女と話すことが自然と増えていた。
楽しそうに弾む控えめな表情と、媚を売らない自然な態度と性格。気が付いた時にはもう、惹かれていた。彼女だけが持つ穏やかで柔らかな、けれどどこか冷たい空気に触れる度、気持ちは募るばかりで。今も、そう。


「大丈夫か?」
「ありがと」


及川と花巻の付き添いで来た購買で、人に埋もれているみょうじを引っ張り出してやる。彼女は一瞬瞳を丸めて小さく笑った。軽く返事をして掴んでいた細っこい腕を離す。


「急にグイッてするから誰かと思った」
「悪い」
「全然。岩泉で安心した」


こういうことをサラッと言うのも、みょうじ特有だ。心臓がうるさくなるのでやめて欲しいと思う反面、嬉しいのも事実で、結局何も言えなくなる。


「今日は買い弁?」
「や、普通に弁当食った」
「いいなあ。前にチラッと見たけど岩泉のお弁当って美味しそうだよね」
「そうか?別に普通だろ」
「毎日作ってもらえない身からしたら美味しそうなんですー」


軽く拗ねてみせても、顔は笑っているのだから面白い。

そう言えば、みょうじが弁当を食べているところはあまり見ないような気がする。いつも購買のおにぎりかパンで、今日もそうだったらしい。
冗談混じりに「今度食うか?」と言えば「食べたい」と笑顔が返ってくる。素直でよろしい。及川みたいに遠回しな言い方をしないところも好きだった。

そうこうしている内に及川の声が俺を呼ぶ。ついで花巻がみょうじを見て目を丸めた。


「い、岩ちゃんが女子と話してる…!しかもちっちゃい…!!」
「うるせえよ」
「はじめましてー」
「ハジメマシテー」


ヒラヒラと手を振る愛想の良いみょうじに取り敢えず花巻を紹介すれば、及川が更にうるさくなったので仕方なく紹介してやる。面倒くさい。

人数が増えたので先に外へ出て、そのままの流れで中庭へ行くことになった。どうせ全員昼は終わっている。みょうじも暇らしかった。



「てか俺らハジメマシテじゃないよネ」
「そうなのか?」
「だって松川の従姉妹だべ」
「?!」
「まっつんの?!」
「あ、ちょっと言わないでよー」


驚いてみょうじを見遣ると困ったような顔をして、けれどのんびりカフェオレを飲んでいた。
言われてみればどことなく雰囲気が似ている気がしなくもない。


「俺はむしろ言ってないことにビックリなんだけど」
「わざわざ言うようなことでもないでしょ」
「けど似てねえな」
「まあ従姉妹だしね。みょうじさんまっつんと仲いいの?」
「んー…それなりに」
「嘘つき」
「ちょっと花巻うるさい」


口を尖らせたみょうじが花巻を睨む。

怒った表情を見るのは、なんだか新鮮だ。いつも緩く笑っている印象しかない。別にだからと言って作っているわけではなくて、普段も至って自然体なのだけれど、なんとなく素を見れたような気がして思わず凝視してしまった。
そのせいか、こちらに気づいた彼女はバツが悪そうに眉を下げる。みょうじにとって松川との仲は、もしかしたら知られたくなかったことなのかもしれない。それならそれで言わなくていいことだと思う。誰だって黙っておきたいことの一つや二つはある。悪戯っ子のように口角を上げる花巻は単に面白がっているだけ。松川と幼馴染みだから、きっと、松川の従姉妹であるみょうじともそんなようなものなのだろう。知っていることも多い。

そう考えると少しだけ嫉妬心が湧いた。
そんな自分に嫌気がさして、誤魔化すように息を吐く。


「まあ、何だかんだ聞いてっけど、みょうじが言いたくねえことは言わなくていいからな」
「岩ちゃんおっとこまえ〜」
「茶化すな!」
「痛い!」


頭をちょっとはたいただけだってのに、及川のリアクションは相変わらずデカくて腹が立つ。
けれど、みょうじに名前を呼ばれて、「ありがと」なんて緩く笑いかけられて、全部どうでも良くなった。
だって、あんな嬉しそうな顔、反則だろ。