いちまいうわてな昼休み



岩泉、と、女子にしては低い、透き通った声が鼓膜を揺らした。
昼休みという喧騒の中でもしっかり聞き取れるこの声は、この間やっとの思いで告白し、晴れて彼女になったみょうじだ。
隣でシュークリームを頬張っている花巻と、その横でスマホを弄っている松川の顔が瞬時ににやつく。付き合ったその日に散々茶化されたのは、岩泉にとって苦い思い出だった。

まだ及川がいなくて良かった、と息を吐き「おう」と片手を挙げれば、踵を踏んだままの上履きをぱたぱた鳴らして寄ってくるみょうじに、岩泉の頬は不覚にもほんの少し緩む。
踵を踏むのは危ないからやめろとこの前注意したものの、女子の平均より身長も顔も足も手も何もかもが小さく華奢なみょうじにとって、中敷きやらインソールやら色々試した結果、一番歩きやすい形がこれだと言われてしまえば、それ以上何も言えなかった。


「岩泉」


座っている岩泉とあまり変わらない低身長なみょうじは、もう一度確かめるように呼んでから花巻と松川を一瞥し「はい」と手を差し出した。淡いピンク色をした桜模様の封筒。一瞬みょうじからかと固まった岩泉だが、こいつは手紙で伝えるよりも直接言うタイプだろうと思い直す。岩泉くんへ、と書かれてある字も、いつもノートで見るものではなさそうだった。


「お、ラブレター?」


興味津々に手元を覗き込む花巻に、少し肩をびくつかせたみょうじはそそくさと岩泉の後ろへ回る。
肩へ添えるように置かれた小さな手から伝わる体温はひんやりと冷たい。
ふわりと香る少し甘いにおいは香水だろうか。


「お前が書いたんじゃねえだろ、それ」
「うん。渡しといてって言われた」
「はあ?」
「ラブレターだと思うよ。私相手なのに顔真っ赤だった」


特に気にした風もなくサラリと答えるみょうじに、岩泉の心境は複雑だ。

普通、自分の恋人に渡してほしいと頼まれたラブレターを馬鹿正直に渡すだろうか、と眉間にシワが寄る。
いや、まあそれがみょうじの良いところではあるけれど、いまいち真意が掴めない。もしかすると、ちゃんと断るかどうか、あるいは受け取るかどうかを試しているのかもしれないしそうでないかもしれない。
そう悩んだ末、松川に視線を向けたが首を竦められただけに終わる。仕方ない。


「…あのな、みょうじ」
「ん?」
「その…俺がこういうの貰ってもいいのか?」


恥と呆れを抑えながらなんとか絞り出した岩泉の言葉に、きょとん、と目を丸めたみょうじは、可笑しそうにクスクス笑った。
何か笑うようなことを言っだろうか。


「貰ったところで、岩泉は私しか見ないでしょ?」
「………おう」
「ちゃんと捕まえててね」


少しの放心と、ざわつく心中。
パタパタと自分のクラスへ駆けていく華奢な背中は、なんとなく上機嫌に見えた。


(「岩泉、顔真っ赤」「……うるせえ」「みょうじってわりと爆弾落としていくよネ」)