水族館デート



ゆらゆら、ゆらゆら。
水槽から洩れた光が、足元で揺らぐ。


「なまえさんや」
「何でしょう一静くん」
「床に魚はいませんよ」
「ぅ……」


入館してから少し。気配り上手な彼は、早くも気付いてしまったらしい。ずっと俯きがちな私を「もしかして苦手だった?」と気遣ってくれる優しさへ、慌てて首を横に振る。


「好きだよ、水族館」


ゆったりしていて、暗くて、綺麗で。

色とりどりの熱帯魚も、光を透過するふわふわしたクラゲも、サービス精神旺盛な可愛いフォルムのアザラシも、この後観る予定のイルカショーだって全部。別に初めてってわけじゃないのに、気分が高揚する。だから、全然苦手じゃない。

ただなんとなく、久しぶりの気恥ずかしさに顔が熱いだけだった。


自然に繋がれた手や、滅多と見ない私服姿。部室でじゃれ合っている時とは違った空気感。その他諸々エトセトラ。
勿体ないって分かってるのに、上がった心拍数はいつまで経っても落ち着かない。でも、黙ったままでいるのも良くない。


苦し紛れに一静の手を握ると、優しく握り返してくれた。ふ、と揺れた空気に、彼が笑ったことを知る。


「なまえさんや」
「何でしょう一静くん」
「基本暗いから、バレー部の誰かがいても気付かなさそうだネ」


静かな館内の中。それでも聞こえる微かな人の声に混じって、優しさを孕んだ低音が届く。"顔は見えてないよ"ってことなんだろうか。"安心して"ってことなんだろうか。ずいぶん遠回しな台詞は、恥ずかしくて言うに言えない私に対する気遣いなんだろうか。

おそるおそる隣を見上げれば、気付いた一静の口元がゆるりと緩められた。



【夢BOX/松川と水族館デート】