怒られる



道を聞かれたから答えた。『この辺りに詳しくなくて、分かりやすい所まで連れて行ってほしい』って標準語で言うものだから、ああ地方の人なんやなあって、治まだけえへんし近くの交差点まで連れてったろかなあって、踏み出した。

後ろをついてくるおじさんは、人の好さそうな、優しそうな印象だった。だから気付かなかった。横からぐいっと肩を抱き寄せられ、ふんわり香った淡いムスク。冷ややかに背後を凄む治を見上げるまで、全然気付かなかった。


「俺の女やねんけど」


びくりと肩を跳ねさせたおじさんは、しどろもどろに音をこぼした後「ここまでで大丈夫だから。ごめんね」と、ぺこぺこしながら足早に通り過ぎて行った。背が高くてガタイも良い上、顔まで強いイケメンがよほど怖かったのだろう。

観光客らしいリュックサックが見えなくなった頃、むっすりした治がこちらを見下ろした。


「有難うやで治」
「別にええけど、お前もうちょい警戒しぃや」
「ごめんて。何かしようとしとったん? あの人」
「肩触ろうとしとった」
「ほんまに? 組みたかったんかな」
「んなわけあるかアホ。暢気な顔してほんま……連れ込まれたらどないすんねん」
「まあどないも出来へんけど、そんな怒らんとってよ」
「怒るわボケ。知らんオッサンにほいほいついて行きよって」
「やって道分からん言うんやもん」
「変質者の常套句やそれ。幼稚園児でも分かるわ」


目を逸らし苛立ちを逃がそうとしている治に、取り敢えず「ごめんな」って謝る。まあ確かに、私の危機感が薄かったと言われれば頷けないこともない。怒るってことは、それだけ心配してくれたってことだ。そもそも治が待ち合わせ時間をオーバーしたことが悪いような気もするけれど、この際目を瞑ってあげよう。守ってくれたことは素直に嬉しい。それに。


「なあ、さっきのもっかい言うて」
「は? さっきの?」
「おん」
「……どれや」


いい感じに意識がズレだした治の手に指を絡める。


「"俺の女"ってやつ」
「……お前そんなん嬉しかったん?」
「嬉しいっていうか、ちょっと新鮮やった」


意外そうに丸まった瞳を見上げて、なあ言うてみてってねだる。呆れたように息を吐いた治は、それでも身を屈め「俺のなまえ」ってサービスしてくれた。もう苛立ってはいないようだった。




【夢BOX/宮治に怒られる】