あなたを待っていたって言ってもいい?



虫の声が響く夜の公園で、その声は、やけにハッキリと聞こえた。


「また煙草吸うとんすか」


気だるげでいて、呆れを孕んだ声。肺を巡り、戻ってきた煙をゆっくり吐き出す。星一つない夜を背景にくゆる白をぼうっと眺め、そうして、視界の端で動く様子のない影へ溜息をひとつ。

私が振り向くまで、彼は黙っていた。いつも大体一緒にいる金髪の片割れと違って、治は、待てが出来る男の子だった。


「こんな時間に何しとん?」
「そら、こっちのセリフですわ」


一歩。踏み出された足を片手で制する。現役のスポーツマン高校生に、副流煙を吸い込ませるわけにはいかなかった。煙草の匂いも味も、まだ知らなくていい。まだ、知る必要なんてない、いつだって自力で輝ける年齢だ。

けれど、不服そうに口を尖らせた治はお構いなしに寄ってきて「こんなとこに女一人で危ないですよ」と、隣へ座った。どこでそんな正義感を身に着けてきたのか。北に呼ばれて遊びに行った、高校の体育館。治と初めて会ったあの日から今までを逡巡し、そう言えばずっと優しかったことを思い出した。仕方ない。さっき飲み干したコーヒーの缶で、煙草をもみ消す。


「誰もこんなブス襲わんよ」
「そんなん分からんでしょ」
「住宅街の真ん中やし、電気もあるし」
「連れ込まれたら終わりますわ」
「ふふ」
「何がおもろいんですか」
「心配して来てくれたんやなあ思て」
「……アホ」


くすくす笑いながら体重を預けた腕はがっしりしていて、久しぶりに男女の体格差を実感する。治より三つも年上なのに、まるで私の方が子どもみたい。仕事に忙殺され、せめて一人になりたくて、心のゆとりが欲しくて、何も考えたくなくて。そうして煙草に頼る度、どんどん肺を汚していく私は、きっとダメな大人。たった十七歳にさえ甘えてしまいそうになる、ダメな女。


「なまえさん」
「んー?」
「煙草、やめてください」
「やめたら死んでまう」
「俺がおるやん」


語尾を食べるように、おざなりな敬語すら忘れて放たれた言葉が、鼓膜に残る。ぎゅ、と込められた力は強く、いつの間にか手を握られていたことに、初めて気付いた。薄い皮膚を通して伝わる熱が、肺も心臓も視界も鼓膜も、機能している全てを包んでいく。


「この公園、家から丁度見えるんです。疲れた時ここに来るんは、俺に見つけて欲しいからとちゃいますか」


すり減った私の心を満たす、ひどく真っ直ぐな音の波。


「勘違いやったら別にええんです。けど、俺はなまえさんが好きやから、なんぼ鬱陶しい思われても会いに来てまいますよ」


全く、何でこんな女が好きなのか。将来有望で、きっと学校でもモテるだろうのに、こんな――…。

思わず笑ってしまえば、治が振り向いた。でも、怒りはしなかった。一瞬瞳を丸めて、繋いでいる手を離して、慌てて抱き締めてくれた。泣くんやったら先言うてくださいよって、私の為だけに用意された広い胸を貸してくれた。



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