先輩マネージャー
冬の体育館は嫌いじゃない。一番乗りの時は尚更、広い館内を漂う乾いた空気が他人行儀で心地いい。でも悲しいかな。良く冷える。足元から這い上がる冷気に、しんしんと体温が奪われていく。部活が始まってさえしまえば球拾いだったり皆の熱気だったりで温もるのだけれど、ボールの入ったカートやネットなんかを倉庫から出すこの時間が、とにかく寒い。
悴む指先に息を吹きかけ、擦り合わせてからカートを引っ張る。皆『一年にさしたらええねんで』って言ってくれるけど、出来ることはやっておきたかった。だって、後輩だからしなきゃいけないなんて決まりはどこにもない。そんな押し付けがましい上下関係、自立心に優れている稲荷崎には必要ない。未来ある部員達には、出来るだけ多く長くボールと触れ合ってほしかった。もれなく全員、たとえ試合に出られなくたって目一杯バレーボールを楽しんでほしかった。それが私の喜びだった。
「また一人でやっとう」
得点板をガラガラ押している最中。不意に伸びてきた手が、私の手ごとパイプ部分を握る。背中全部が温かいのは、侑がくっついているから。
顎を突き出すように真上を見ると、不服そうな視線が降ってきた。
「せめて呼んでくださいよ。俺やったら言いやすいでしょ」
「こんな雑用、主力レギュラーに私がさすと思う?」
「思いませんけど、あんた一人でやるんはちょっとちゃいますやん。手ぇも氷みたいやし」
「んっふ」
「今笑うとこありました?」
「やー、大事にされてんなあ思て」
「当たり前ですわ。大事な大事なマネージャーで、俺の彼女やっちゅーねん。アホ」
尖った唇がそのまま迫って、ちぅ。
吸い付くようなキスの後、お腹へ回った腕にすっぽり抱き締められた。