移り香ラプソディー



調子乗りでいつも気がええ。飴と鞭は器用に使い分けよるわりに、女の子には笑顔と愛想ばら撒いてへらへらへらへらしとるアホでも、意外と腹ん中は真面目やったりする。


セッターは指先命やねんで。

いつやったか、そんなようなことを言うとった通り、侑の爪はいつも綺麗や。指の形にそって切りそろえるだけやなくて、ちゃんとヤスリかけて引っ掛からんようにまでしとる。本人が一番気ぃ使てんのを知っとるからこそ、手ぇ繋ぐ時、こっちもちょっとだけ緊張する。今日はえらいカサカサやなとか、逆剥け出来とるやんかとか、なんや微妙に浮腫んでんなとか、そんな些細なことが気にかかるようにまでなってもうた。

ほんで今日は、一番頻度高いカサカサの日や。まあ、季節柄しゃあないわな。


「ちょぉ待って侑」
「?どないしたん」
「ええから手ぇ出し」
「え、何するん?」
「クリーム塗ったるだけや。はよ」


ああ、とにんまり笑った侑のでっかい手に、こないだ新調した保湿クリームを塗る。期間限定のラズベリーな香りがええ感じなやつ。ほんまはワセリンが一番ええんやけど、前にぬるぬるするんは嫌やって言われたからやめた。


「これめっちゃええ匂いやな」
「せやろ。今しか買えやんねんで」
「限定モン好っきゃなー」
「あんたもやろ」


すんすんと自分の手を嗅ぐ侑は、えらい嬉しそうや。すぐに馴染んでサラサラんなるし、塗り心地も気に入っとるみたいで良かった良かった。ワセリン時とは大違いや。あん時はこいつ手ぇ洗いよったからな。デパートで店員に一時間も捕まった甲斐あったわ。


「気に入ったんやったらあげんで。缶々やからちょっと持ち運び難いかもやけど」
「え、ほんまに?限定やのに?」
「限定言うてもまだ販売しとるし、私あんま使わん」
「何で買うたん」
「誰かさんがカサカサやからや」


ぱちくりと丸まった目に凝視される。視線が痛い。なんや急にって思いながらもポケットから出した保湿クリームの缶を差し出せば、めっちゃにやにやされた。なんやこいつ大丈夫か。


「お前めっちゃ俺の事好きやん」
「今気付いたん?アホとちゃう?」
「ちゃうし!そこは照れろやー」
「はよ直しやコレ」
「あ、それはええわ」
「はあ?」


再度差し出した缶は、何故か私のポケットに返された。やっぱりどんだけ気に入っとっても、持ち運びしやすい方がええんやろか。しゃーない。そんならそれで別のやつ探すまでや。せっかくええのん見つかったと思ったのに、チューブ型あったかな…。

店の様子を思い出しながら、繋ぎなおされた手を握り返す。カサカサやった侑の手はクリーム効果で潤ってて、ラズベリーのふんわりした香りが私の手にも移る。


「またええやつ探しとくわ」
「何で?それめっちゃええやん」
「さっき要らん言うたやん」
「あー……」
「?」


珍しく顔を合わせようとせんのは、たぶん恥ずかしがっとるからやろう。こういう時、侑は急かしたら言わんようになるからあかん。時間が経てば経つほど言いにくなんのは自分やのに、アホ可愛ええなあって思う。

意味が分からんまんま、のんびり歩きつつ続きを待って数分。不意に侑の足が止まった。「さっきの話やけどな」って前置きに顔を上げれば、告白ん時と同じキメ顔がそこにあって。


「なまえに塗ってもらいたいやん?」


思わずきゅんって胸が動いたけど、なんや悔しいからおくびにも出さんとガン見しとったら、どんどんキメ顔が崩れていきよった。
ちょぉ待ってやないねん。そこあんたが照れたあかんやろ。そんなツッコミは、心ん中だけにしといた。