こころくばり



黒板消すわ、って向けられた背中を呼び止める。


「北、部活行かなあかんやろ。私やっとくからええで」
「いや、そういう訳にいかんやろ」
「いけるいける。任して」


日直言うても、適当に日誌書いて黒板消して、ちょっと先生にパシられるくらいのもんや。他の男やったらまあこんな気遣いしたれへんけど、北は特別やった。普段から印象がええしバレー部の主将やし、万年帰宅部な私からしたら毎日大変そうなイメージしかない。

「頑張ってな」って片手をひらひら振って、日誌にシャーペンを走らす。ここまで背中押したら、さすがの北も部活に行くやろうって思った。のに。


「何で黒板消しとんの?」
「当番やからな」


きっちり綺麗に消し終えた北は、手についたんやろう粉を払いながら「それに自分、小柄やんか」と振り向いた。

黒板消すんとどう関係あんねんって言いかけて、ああチビってことかって気付く。確かに、黒板の上まで消すには背が足らん。過去二年間の内、爪先立ちでぷるぷるしとるとこを助けられた回数はそう少なない。申し訳ない。てか小柄て。


「めっちゃええように言うてくれるやん」
「みょうじやからな」
「そ、……うん?」


まるで当たり前みたいに。さっきの『当番やからな』くらいサラッと言うもんやから、うっかりそんまま流してしまいそうやったけど、辛うじて引っ掛かった違和感に首を傾げる。私やからって、どういう意味やろか。

相変わらずの澄ました顔で歩いてきた北は前の席に座って、私の手元、書きかけの日誌をトントンと指先で叩いた。「はよ終わらそや」って静かな瞳に見つめられて、止まっとった手を動かす。理由は聞かれへんかった。けど、聞く機会なんか、北が時間ありそうな時にでも作ってもろたらええかって思った。