甘やかされ上手な君でいて



普段は流せることがちょっと気に障り始めた時、ああいつものかって嫌になる。毎月ってわけじゃない。数ヶ月に一度くらい。女にだけ否応なしにやってくるあいつの前兆が、数ヶ月に一度、私の神経を逆撫でる。


「ねえ京治」
「何ですかなまえさん」
「ぎゅーして」
「……はい?」


黒板の文字をさらさら書き写していた手が止まる。いつも通りの涼しい顔が上げられて、京治の瞳に私だけが映る。


「ここ二年六組ですよ」
「知ってますよ」
「……珍しいですね」
「そんな気分なの。ねえダメ? 後で冷やかされる?」
「いや、まあ良いですけど」


戸惑ったような声に俯きかけた時、シャーペンを置いた京治がイスを引いた。「どうぞ」と示された膝へいそいそ横向きにお邪魔し、いい匂いのする首元へ顔を埋める。背中から回った片腕は、しっかり私を支えてくれた。力を抜いて全体重を預けても微動だにせず、きっと重いし恥ずかしさだってあるだろうのに、呆れ声さえ聞こえてこない。ただ鼓膜を揺するのはペン先が紙面を擦る音と、教室特有の喧騒だけ。

京治の優しさと体温を感じながら、そっと瞼を下ろす。パタン、とノートを閉じる音がしたかと思うと、大きな手に頭を撫でられた。


「何かありましたか」
「別に。ちょっと調子出ないだけ」
「そうですか。あまり無理はしないでくださいね」
「うん。京治が甘やかしてくれるから大丈夫」
「何ですかそれ」


ふ、と吐き出された微かな吐息に、京治が笑ったことを知る。どうやら迷惑がられてはいないらしい。良かった。私には勿体ないくらい良く出来た彼氏で良かった。ほっと胸を撫で下ろしながら、ふつふつ浮かぶ愛しさのままに擦り寄る。薄い皮膚越しに伝わる心音が、少しだけ速まる。

きっと教室中から浴びているだろう視線をものともせず、嫌がることも面倒くさがることももちろんなく。いつだって私を落ち着かせてくれる京治は、チャイムが鳴るギリギリまで頭を撫でていてくれた。


「ほら、なまえさん。そろそろチャイム鳴りますよ」


俺はこのままでも良いですけど、なんて。まるで名残惜しむように、ぎゅうっと抱き締めてくれた。