青い名を知る



「みょうじー」
「はあいーどしたのー」
「ちょっとこっち手伝ってくんねー?」
「ほいさー」


なんとも間延びした応酬に、クラス中からくすくす笑い声が上がる。おまえら仲良いなって茶化されるのはいつものことで、実際仲良しなのだからどうということはない。前まではやっくんが否定しながら窘めてたけど、私が別に良いよって言ってからはすんなり受け流すようになった。たぶん、嫌がってると思って気を使ってくれてたんだろう。と言うことは、つまりやっくんも嫌がってはいなかったってことで。そう考えると、なんだか胸の内側があったかくなってふわふわして、少しだけドキドキする。


「ここ持ってて」
「ん。これやっくんの仕事?」
「違うけど、皆でやった方が早いじゃん」


今日も今日とて、優しいやっくんの笑顔は眩しい。どうやら、誰かさんの仕事を代わりにやってあげているみたいだ。

途端に、上手くサボろうかなーなんて考えていた自分が恥ずかしくなって、「そうだね」って相槌を打ちながら、俯きがちにテープを押さえる。しっかり貼り終えたやっくんは「ありがとな。助かった」と私の背中をぽんぽん叩いて、別のチームを手伝いに行ってしまった。


意外と大きな手だったな、と口角が緩む。

男の子だって実感する瞬間が一つ増える度、こんなにも胸が焦がれるなんて不思議だ。面倒くさいこともイベントごとも、あんまり得意ではないけれど、やっくんに有難うって言ってもらえるなら頑張ろうって気になれる。


「なーに背中触ってんの」
「ちょっとやめてセクハラ」
「酷くない?」
「酷くない」


他クラスから帰ってきた黒尾につつかれ、慌てて背中を隠す。やっくんの手の感触が残っている内は、切実にやめて欲しい。
からかい百パーセントで伸ばされる手をぺしぺし叩けば、けらけら笑いながら反対の手で頭を撫でられた。やめて欲しい。どうせならやっくんが良いし、絶妙な雑さ加減が神経を逆撫でしていく。もう一度言う。やめて欲しい。私の心が穏やかなのは、やっくんの傍限定だ。

いい加減やめなさいよと口を開きかけた瞬間、くんっと腕を引かれて後ろへ傾いた体が、ぽすんっと受け止められる。


「こーら。あんまいじめんなよ」


頭上からの声はやっくんで、私の腕を掴んでいる手もやっくんで、支えられた背中からじわじわ広がる温もりも、たぶんやっくんで。

知らない柔軟剤の香りに、一瞬止まった鼓動が動き出して、凄い速度で膨れ上がった熱に覆われる。黒尾のニヤニヤ顔も全然気にならないくらい全身が火照り、やけにうるさい心音が鼓膜を塞いでくるせいで、二人の会話もろくに聞こえない。
きっと火が出ているだろう顔を伏せれば、黒尾とは違う優しさのこもった手に、ぽんぽんと頭を撫でられた。やっくんだって、見なくても分かった。