きみはぼくのもの


なんとなく眠れない午前一時。擦り傷が絶えないくらい酷使している体はくたくたで、何回かあくびもこぼれた。でも、なんとなく眠れない。何も考えないようにすればするほど、目が冴えていくのだから困った。喉を潤せばなんとかなるだろうか。

お気に入りのベッドから腰を上げて、共有スペースへ向かう。真っ暗な中、いつもなら手探りで冷蔵庫まで辿り着かなければならないはずのそこには、既に明かりが灯っていた。


「お、みょうじも喉渇いたのか?」


振り向いた赤髪の彼は、ギザギザの歯を覗かせて笑う。いつもはセットしている髪が大人しい。

そんなところだと頷けば、代わりに冷蔵庫を開けて、私の名前が書いてあるペットボトルを取ってくれた。


「切島くんも?」
「おう。クーラーのせいで喉カラカラ」
「あー、夏場は仕方ないよね」
「んだな」


喉を通る液体が空っぽの胃を満たしていく。そういえばお腹もすいた気がするけれど、こんな時間に食べるなんて、またお茶子ちゃんに引かれそうだから我慢しよう。

飲み干したペットボトルを捨てる。


「じゃあ、おやすみ。電気頼むわ」
「うん。おやすみ」


小さく手を振って、何か作り置きでもないかと冷蔵庫を開けた瞬間、エレベーターの方から「うおっ」と切島くんの驚いたような声がした。何かあったのだろうか。

振り向けば、暗闇の中からツンツンしたシルエットがこちらに向かってきていた。ハッキリと見えなくても分かる。


「かっちゃんも起きたの?」
「……」


眉間に寄せられたシワ。いつも通りの吊り目。への字に曲がった口から返事が寄越される様子はなく、どうやらご機嫌斜めらしいということが見てとれる。夢見でも悪かったのか、切島くんみたいに喉が渇いたのか、それとも、私と一緒で眠れないのか。


「どうしたの?」
「………」


応えないまま、視線が逸らされた。すぐ傍まで歩み寄ってきた彼を見上げる。昔はあまり変わらないくらいだったのに、いつの間にか背も体格もがっしりして大きくなったものだから首が痛い。

再度口を開きかけた時、力強い腕に抱き寄せられ呆気なく傾いた私の体は、彼の胸へすっぽり埋まる。普段から比較的あたたかい体温は、冷房のせいかひんやりしていた。


「……クソ髪と何してやがった」


呟くように降ってきた言葉は、拗ねたような子供っぽさを孕んでいて驚く。これは、もしかして。


「べつに、ちょっと話しただけだよ」
「こんな時間に二人でかよ」


ぎゅう。私を抱き締めている腕に力が込められる。背骨が痛い。私を扱う時の力加減は良く知っているはずなのに、わざとなのか、気を遣うほどの余裕がないのか。何にせよ折られてしまわない内にと、力一杯抱き締め返すことで抗議すれば、すぐに緩められた。まるで甘えるように擦り寄ってくるあたり、寝惚けているのかもしれない。

とりあえず、なんとなく眠れないことから切島くんとした他愛ない話まで、ついさっきの出来事を全部説明する。
背中を撫でると「ガキ扱いすんな」なんて怒られたけれど、機嫌は幾分か直ったように思えた。やっぱりこれはヤキモチってやつなのかな。


「切島くんと何かあると思った?」
「……んなわけねえわ」
「うそー」


強がる声に、思わず笑みが洩れる。普段、好きだなんだと言わない人だから、こういう気持ちは素直に嬉しい。


「よそ見しやがったらぶっ殺す」


ようやく離れたかっちゃんは物騒極まりない殺し文句と共に、私の唇を奪っていった。