夏灯り


夏祭りに行こうと言い出したのは、誰だったか。もう覚えていない。

結局一度も着ないまま箪笥の肥やしになっていた浴衣を、慌てて家まで取りに行ったことは記憶に新しい。
普段よりちゃんとした化粧と、エレベーター前で会った爆豪くんがヘアセットをしてくれたおかげで、なんとか様になったように思う。


楽しみで仕方がないらしい皆の弾んだ声と下駄の音。

あまり乗り気ではなかった爆豪くんも、今日は珍しく歩幅を合わせている。
寮を出てからずっと、彼の定位置は私の隣だった。「みょうじと喋れねーじゃん!」と嘆いた峰田くんの丸いもぎもぎを燃やそうとしたくらい、頑として動かないつもりらしい。


たくさんの屋台が並ぶ会場は、既に賑わっていた。

とりあえずお腹がすいたから焼き鳥でも食べたい。
そう視線を巡らせていると、不意に肩を叩かれた。視界の端に映ったピンク色の手へ誘われるままに振り向けば、A組女子勢の優しい眼差しに包まれる。


「せっかくだから、二人で回ってきなよ」
「私達のことは気にしないで」
「どうせ何人かに分かれて回ることになるだろうしね」
「それに、こんな機会滅多にありませんわ」
「遠慮せんと楽しんできて」
「ふぁいとふぁいとー!」


透ちゃんが跳ねる度に、からん、からん、と下駄が鳴る。

私のことを思って、というよりは、定期的に開かれる女子会のネタにするためだろうけれど、それはそれで嬉し恥ずかしって感じで有難いと思う。

笑いかけてくれる皆に「ありがとね」と笑みを返せば、早く行けと言わんばかりに背中を押された。
つい前のめってしまった私を易々と支えたのは、爆豪くんの腕。


「しっかり立てや」


見上げた先の瞳は、落ち着いた声に見合った綺麗な赤色をしていた。


どちらからともなく向かった先は焼き鳥屋。
お腹が減っていたのは爆豪くんも同じだったようで、大盛り焼きそばとフライドポテトと唐揚げを買い、人混みから離れた石段へ腰をおろす。
色気より食い気なんて、なんとも私達らしい。


「爆豪くん」
「?」


もそもそと焼きそばを頬張る唇に、ポテトを当てる。途端に寄越された抗議の視線。
大人しく手を引っ込めて待っていると、頬の膨らみを消化した口が「あ」と開かれた。
私が差し出すままにポテトを咀嚼する姿がなんとも可愛い。素直じゃない動物を手懐けているような気分に頬が緩む。


「ハッ、だらしねえ面」
「幸せだからね」
「こんなんでかよ」


そういう爆豪くんだって、とは言わないでおく。
今の私と同じように、きっと彼も、機嫌がいい。

袋の中身が空っぽになったかわりにふくれたお腹。こなれるまでは、もう少しここでゆっくりしていようかと隣を見遣る。
足を組んで頬杖をついている視線の先には、爆豪くんが好きそうな射的があって、思わず笑ってしまった。