愛情の裏返し


いつも顰めっ面なイメージが強い勝己くんは、眠っている時だけ、眉間のシワがなくなる。

相変わらずの綺麗な寝顔。この間こっそり写真を撮っていたら、ぱっちり目を覚ましてしまってそこそこ怒られた。「何こっそり人の寝顔撮っとんだ燃やしたおすぞクソが」って怒られた。本当に携帯が燃やしたおされそうだったので、あれから控えるようにしている。

っていうか、そもそも嫌だったら合鍵なんて渡さなきゃいいのになあ、と思う。好きな時に好きなだけ居ていいって解釈で間違ってはいなさそうだけど、何をしてもいいわけではないらしい。難しい。ちなみに、朝起きて私が隣にいるのは別に良いらしい。難しい。


つんつん、と頬をつつく。
何のお手入れもしていないのに、何でこんなにニキビ一つないんだろう、と羨んだのも束の間。瞬時に視界が真っ暗になった。ガッと掴まれている顔がちょっと痛い。


「人の安眠邪魔すんじゃねえって何回言や分かんだてめえ…」
「ごふぇんふぁふぁい」
「顔面燃やすぞクソなまえ!」
「ふんぬぬぬぬぬ」


痛い痛いいたいいたい…!

だんだん力が込められていく腕をぺしぺし叩いて抗議すると、とりあえず解放される。
大体の罰なら甘んじて受け入れるけれど、さすがに我慢出来ないくらい、フェイスラインが悲鳴をあげていた。勝己くんの指の形に凹むのだけは勘弁してほしい。

ごめんなさいとシーツに額を押し付ければ、ぐしゃぐしゃに頭を掻き乱される。


「まだ濡れてんじゃねえか」
「さっきシャワーしてきたの」
「乾かせや」


頭を上げようとしたところで押さえられ、再びぼふりとシーツへ逆戻り。動くのも億劫になって、そのまま大人しくしていると、すぐに首根っこを掴まれた。
足の間へ座らされ、「ん」と渡されたプラグをコンセントに挿す。

ドライヤーの音と共に当たる温風。勝己くんの指が心地よくて、自然と肩の力が抜けていった。


付き合う前も付き合ってからも、私に対する勝己くんの雑な扱いは変わらない。言葉が少なく、甘い雰囲気になることもなければ、少女漫画みたいな胸きゅんもそんなにない。合鍵をくれた時とか、一緒に寝る時にちょっとドキドキするくらい。

もちろんそれが嫌なわけではなくて、むしろ想像通りで安心しているし、それに、こうして世話を焼いてくれることが格段に増えた。

最近じゃ、私専属の美容師さんだ。


「あ、切ってくれた前髪褒められたよ」
「誰にだ」
「梅雨ちゃん!」
「動くな」


振り向きかけた顔を慌てて戻す。
危ない危ない。また怒らせるとこだった。
終わるまでは大人しくしていよう。

そうして、水気を含んで重かった頭が軽くなって、自分の髪がさらさらと流れているのがなんとなく分かり始めた頃、ドライヤーの音が止まった。もういいかと聞けば短い肯定が返ってきたので振り返る。

今日は一緒に寝てもいいんだろうか。

そんな期待を込めて、ドライヤーをしまっている横顔を凝視する。一瞬だけ寄越された眼差しは、なんとなく優しくてむず痒い。ベッドに戻った勝己くんが「はよしろ」と叩いた隣に飛び込むと、ちょっとは落ち着けやって怒られた。ごめんなさい。