君を象ってきた片鱗


皆が帰省した夏休み。
一人寂しく寮に残るつもりだった私は「じゃあ俺ん家来るか」と言った爆豪くんに連れられ、初めての爆豪家に向かっていた。


一緒に居られる嬉しさで、つい深く考えずに頷いてしまったことを後悔しながら、駅前のケーキ屋さんでプリンを四つ買う。

寮生活の息子が見たことのない女を実家に連れてきたとなると、親としては当然そういう目で私を見るだろうし、手土産の一つでも持っていかないと、第一印象最悪待ったナシだ。

一人っ子らしいので本当は三つにしようかと思ったけれど「お前も食うだろ」とさも当然のように爆豪くんが言うので四つにした。

こんなことになるなら、訪問マナーを勉強しておくんだった。ちなみにケーキ屋さんなのになぜプリンなのかというと、プリンの方が美味しいらしかった。


「良く知ってるね」
「地元だからな」


見慣れない街並み。綺麗な家が並ぶ住宅地。子供が遊ぶような小さな公園を通り過ぎて、角を曲がる。
爆豪くんが生まれ育った街なんだと思うと、なんだかむず痒い。

私のキャリーケースを引いて歩く大きな背中を眺めながら幸せに浸っていると、不思議そうに振り向く赤い瞳。
今日は穏やかな色をしている。


「私服、久し振りに見るなあと思って」
「そんなんでニヤついてんのか」


安い奴、と笑った爆豪くんは私の歩調に合わせて少し速度を落としてくれた。こんな爆豪くんをA組の皆が見たらびっくりするんだろうなあ、なんて優越感。


そうして住宅地を進んでいくと、爆豪くんの足が一件の敷地内へ向けられた。

注文住宅っぽいおしゃれな外観の大きな家。金色の表札には『爆豪』と彫られている。和らいでいた緊張が一気に押し寄せたのは言うまでもない。

固まりそうな足をなんとか動かして、扉を開けた爆豪くんに続いて玄関にお邪魔する。間もなくして、奥から「お帰りー」と出てきたのは、爆豪くんそっくりの綺麗な女の人だった。私を見て固まったその人に慌てて頭を下げる。ええと、挨拶、挨拶しないと。


「は、初めまして、爆豪くんと」
「俺の彼女」
「!?」


びっくりして顔を上げると、私の挨拶を遮った彼は親指で私を示していた。まさかそんな軽い感じで紹介されるとは思ってもいなかったのだけれど、これで良かったらしい。

スパァンッとこ気味いい音を立てて爆豪くんの頭を叩いた女の人は「彼女連れてくんなら事前に言いなさいよ!」と言いながらもどこか嬉しそうだ。叩くなと怒る爆豪くんを「あんたが悪いんでしょ!」と黙らせるあたりさすが親御さん。


「ごめんね、勝己の母の光己です」
「いえっ、なまえと申します。突然お邪魔してすみません…」
「いいよいいよ!ちょっと散らかってるけど、ゆっくりしていって。今部屋片付けてくるから」
「別に要らねぇよ。俺の部屋で寝るし」
「寝る時は一緒でも荷物置いとくとこいるでしょ。あ、お茶でも出したげなさいよー」
「っせえ!わぁっとるわ!」


舌打ちをこぼした爆豪くんに促されるまま、脱いだ靴を玄関の端に揃えてリビングにお邪魔する。

渡すタイミングを失ったプリンは取り敢えず冷蔵庫に入れてもらった。


「適当に座ってろ」


そう顎で示された真っ黒なソファにおそるおそる腰をおろすと、直ぐにアイスコーヒーを持ってきてくれた爆豪くんがドサッと隣に座る。
差し出されたグラスを受け取ってストローに口をつければ、ガムシロップの甘さとコーヒーのほろ苦さがほんのりと広がった。


肩の力が、ゆっくりと抜けていく。


ミルク無しの砂糖有り、なんてややこしい私の好みを覚えていてくれたのは素直に嬉しい。お礼を言えば、満足気に頷かれた。

爆豪くんの家は、外観と同じく内装も落ち着いた色使いで、まるでモデルハウスみたいだ。彼のさり気ないセンスの良さは、きっと親譲りなんだろう。

私の知っている彼が、一つずつ増えていく。


「そう言えば一緒に寝てくれるんだね」
「?いつもそうだろ」
「親御さんの前だから別々かなって」
「ハッ、関係ねえよ」
「光己さんも、なんかサラッとオッケーだったからビックリした」
「んだよ、嫌なんか」
「ううん。嬉しい」


寮で一人っきりの退屈な休暇を過ごすはずだったのに、今の私はとっても幸せだ。


「彼女って紹介してくれたのも、嬉しかった」


面食らったように瞳を丸めた彼は「そうかよ」と顔を逸らす。素っ気ない反応は、ただの照れ隠しだと知っていた。


ゆったりとした穏やかな時間が流れる。

爆豪くんとの沈黙が心地良いのは、それだけ気を許しているからか。彼もそうだったならいい。決して表には出さないけれど、いつも色んなことを考えているだろう彼にとって、少しでも気の休まる場所が私の隣であってくれたら、なんて、ちょっと贅沢過ぎるだろうか。


カラン、と氷が揺れる。

丁度アイスコーヒーを飲み干した頃、光己さんが顔を出した。