重なる鼓動


名前を呼ぶと、いつもより低く眠そうな声が、呟くように返事をした。まだ起きているらしい。枕元の時計は深夜を示していた。

目前には、真っ黒なTシャツ姿の広い背中。一緒に寝てくれるだけでももちろん嬉しいのだけれど、あたたかい腕の中で眠りたい、なんて言ったら、鼻で笑われてしまうだろうか。

囁かな期待を胸に、そっと額を押し当てる。締まった筋肉のついた背中。そのままゆっくり手を添えれば、薄いTシャツ越しの肌がふるりと震える。


「……なまえ」
「ん?」
「何やっとんだ」


顔だけ振り向いた勝己は「はよ寝ろや」と、やっぱり眠そうに息を吐いた。

今にも瞼が落ちそうな目から覗く赤色は、既に半分寝ているように見える。いつも眉間に寄せられているシワはなく、威圧的な面影のない今の彼は、まるで荒波が凪いだようにとても穏やかだ。

緑谷くんも切島くんも、クラスの誰もがきっと目にすることのない、私だけが味わうことのできる愛しい一時。


「おやすみ、勝己」
「それ何回目だ。おやすみする気ねえだろ」


欠伸混じりの言葉に思わず笑うと、体ごとこちらを向いた彼の視線に捕まった。
普段、身長差でどうしても見上げることの多い綺麗な顔立ちがすぐそこにあるっていうのは、なんだか落ち着かない。

どくん、どくん、と高鳴る鼓動が鼓膜を覆う。
静かな瞳が、ゆっくりと瞬きをする。


視線を逸らせないまま数秒見つめ合ったのち、再度息を吐いた勝己の片腕が「ん」と広げられた。

腕の中で眠りたい。
そんなワガママを口にしたことなんて、今まで一度もない。それなのに、こうして簡単に悟られてしまうのはどうしてか。私のことを良く見てくれているのか、たまたま勝己も同じ気持ちなのか。困ったな。日に日に膨らんでいく想いで、心臓がはち切れそうだ。


「オイはよしろや……腕だりぃ」
「ほんとにいいの?寝づらくない?」
「てめえ一人くらい余裕だわクソ」


言葉と共に問答無用で引っ張られた体。
あ、と思った時にはもう、視界が覆われていた。あたたかい体温に包まれ、途端に肺を満たすのは、嗅ぎなれた柔軟剤と仄かな甘い匂い。ばくばくと高鳴る心音が、薄い皮膚を伝って聞こえてしまいそうな、私だけに許された距離。


「……ありがと」
「ん」
「好き」
「……ん」


勝己の、私を抱く腕に力が込められる。
右と左で脈打つ二人分の鼓動。もう、どっちが私で、どっちが勝己かわからない。だんだんと落ち着きを取り戻していくそれが重なった頃、心地いい睡魔にふわりと意識を奪われた。