きみ不足


※映画ストーリー後のお話






汗腺が痛むのか、それとも感覚を確かめているのか、手を握ったり開いたりしている勝己の様子に、私の胸中は穏やかじゃない。

この間、切島くんと遠くへ出掛けたことは本人から聞いた。敵と戦ったことはお茶子ちゃんから聞いて、勝己が少し無理をしていたかもしれないことは轟くんから聞いた。籠手のない状態で個性を多用していたと言うのだから心臓に悪い。私の。


「ねえ、リカバリーガールに診てもらったら?」
「そこまでじゃねえ」
「でも違和感あるんでしょ?痛む?」
「別に痛かねえわ」


肝心なことはまったく言わない勝己のこと。本当に痛みはなくても、何かしらの違和感はある筈だった。でないと、こんなに手を気にしたりはしないだろう。

私の不服申し立て満点な視線に気付いたらしい赤い瞳がこちらを見る。そうして「心配すんな」と、雑な手つきで頭を撫でられた。

嬉しいけれど、これで絆されてはいけない。
緑谷くん曰く、敵と戦った全員が念の為に受ける検査でさえ、必要がないと早々に姿を消してしまったらしい。ちなみにその時、勝己が向かった先は私の部屋である。もしあの時、そのことを知っていたら部屋になんて入れなかったのだけれど、後で聞いた話なので仕方がない。この人はつくづく私を心配させるのが上手だ。


「ねえ勝己、お願いだから」
「しつけえ」
「何かあったらどうすんの?」
「んなヤワじゃねえし、自分の体くらい自分で分かるわ」
「…何かあったらダメだからって、私のこと連れて行かなかったくせに」
「それとこれとは別だろうが」
「別かもしんないけど、私も勝己が大事なのは一緒なんだからね」


彼の眉間にシワが寄る。

面倒くさそうな顔をされても、客観的な確証が得られない以上、私はこの不安を抱えたままだ。検査くらい、ものの数十分で終わるのだから行ってくれたっていいじゃないか。お金がかかるわけじゃなし。

ねえ、と寝転んだままの腕を引く。

微動だにしない彼は、やっぱり行かないつもりなんだろうか。ここは何としてでも、と使命感に燃えていると、逆に腕を引っ張られ、油断していた私の体は呆気なく倒れた。また一段と逞しくなったような気がする腕に抱き締められ、後頭部に添えられた手で引き寄せられてしまっては逃げられない。


「なに、どうしたの」
「ちょっと黙ってろ」


少しの焦りと、胸の高鳴り。
こんなに暑いのに、くっつきたい気分なんだろうか。珍しい。別に私くらいいつでも貸すけれど、とにかく今は、いち早くリカバリーガールのところへ行って欲しい気持ちでいっぱいだ。それなのに、このがっしりとした腕は離してくれそうにない。こういう時の勝己は何を言ってもうるせえしか言わないのだから困った。

仕方なく背中に手を回して、宥めるようにぽふぽふ叩いてやると、ほんの少しだけ脱力した腕が重くなる。
擦り寄るように絡められた脚がじわりと熱をはらんで、ああもう。なにこの甘えたさんは。私の知ってる勝己じゃない。


「…ねえ、保健室閉まる」
「まだ言っとんのか」
「だって、」
「わあったわあった。明日行ってやる」
「えー…明日んなったらやっぱ行かないとか言わない?」
「言わねえわ。どんだけ疑っとんだ」
「そんだけ心配してるんデスー」


まったく、人の気も知らないでこの男は。

漏れ出た溜息は厚い胸板に沈む。
ほんと、検査もせず、どうしてすぐ私の家に来たんだろう。まさか、久しぶりに何日も顔を合わせていなかったものだから私不足に陥ったのだろうか。なんて、そんなまさかね。でも、もしそうだったとしたら、それはそれで嬉しいなあ。

自意識過剰な思考がなんだか恥ずかしくなって、かき消すようにうりうり顔を押し付ければ「じっとしてろ」と頭を押さえられた。