会いにきた恋情


幼馴染ってほど付き合いがあったわけじゃなかった。ただ家が近所で、ひとりで公園にいる所をよく見かけただけ。
お互い顔は知っていたが、名前は知らなかった。中学になっても公園のブランコに座っている姿をよく見かけたくらいで、話しかけたこともなければ、話しかけられたこともない。
時々なぜか目が合って、互いが互いの存在を認識しているくらいの、そんな薄い接点しかなかったそいつは、あろうことか、雄英の制服を着て、今、俺の目の前に立っている。


「1位おめでと」


そう、頬を緩めてみせたその顔には緊張の色が窺えた。

思っていたよりもずっと心地よく響く声。鈴の鳴るような、とはこんな風だろうか。クラス中の視線を浴びて居た堪れないのか、伏せられた長い睫毛が影を落とす。

半分野郎に手を抜かれた結果の1位なんざ別にめでたくも嬉しくもねえが、そう反論することすら忘れるほど、ひどく驚いたと同時に、たぶん、嬉しかった。


「……雄英だったんか」
「うん。普通科だけど」
「何組だ?」
「C組」


何がそんなに嬉しいのか、アーモンド型の瞳がやわらかく細められる。
まるで安堵したように小さくこぼされた吐息。


「誰だお前って言われたら、どうしようって思ってたの」


俺の訝しげな視線に気付いたのか、苦笑混じりに発せられたその言葉に、まさかと鼻で笑いかけて気づく。

名前すら知らない女を、どうして今、忘れるわけがねえと思ったのか。

初めて聞いた声。初めて交わした言葉。手を伸ばせば簡単に届くこの距離にいることさえも初めてな、言ってしまえば赤の他人同然の女。特別何かがあるわけじゃねえ。俺が知らないということは、目立つ個性でもないはずだった。それなのに、瞼を閉じればいつだって思い出せる。視界に入れば、不思議と目を惹く存在だった。
何故かは分からない。ただ、囚われる。

もしかすると、こいつにとっての俺も、そんな感じだったのだろうか。


「……知らねえ」
「え?」
「てめえの名前、なんだ」
「……なまえだよ。爆豪勝己くん」


緩やかに、けれどぎこちなく微笑んだ薄い唇に目を奪われる。その声で紡がれた何でもない俺の名前が、とても特別なもののように内側へと響くのはどうしてか。

空気をわって聞こえた予鈴に、ぴくりと反応したなまえは「じゃあね」と言い残し、足早に出て行った。