頑張りすぎる君へ


朝からなんとなく体調がすぐれないのは、自分で分かっていた。でも、別に薬を飲むほどではないし、歩けるし、それに、皆みたいに上手く成長出来ない私にとって、授業を休むなんてことは何よりもしてはいけないことだった。

午前は大丈夫だった。
誰にもバレなかったし、ちゃんと思考力もあった。ノートだってとれていた。
それなのに、今になって視界が揺れる。足がふらついて、ちゃんと前に進まない。廊下を歩く皆の背中がどんどん離れていく。
嫌だな。ただでさえ、なんの取り柄もない個性なのに。ただでさえ足でまといで、この間、とうとう先生にも溜息を吐かれてしまった。人一倍頑張らないといけないのにこの様。非力で、弱くて、嫌な身体。役に立たない個性。不器用な自分自身。


視界が歪む。
上手く立っていられなくて、壁伝いにしゃがみ込む。
呼吸がしづらい。自然と息が詰まって、酸素が回らなくなる。もしかしたらこのまま死ぬのかもしれない。それもいいかもしれない。もう、誰に呆れられることもないし、失望もされないし、頑張らなくていいし、私なんて存在しない方が、きっと、きっと…。

ぐらり。体が傾く。

霞んでいく意識の中、最後に聞こえたのは「ッみょうじ!」と荒く私を呼ぶ声だった。




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ゆるりと意識が浮上する。
瞼を押し上げた先に映ったのは白い天井。白いカーテンがひかれていて、私の体はベッドの上。左腕からは管が伸びていて、脇には点滴台。医務室だとすぐに分かった。
誰かが運んでくれたのか。迷惑をかけてしまった。情けないし、みっともない。ヒーローを目指しているなんて口が裂けても言えない自分の姿に、じわりと涙が滲む。
もう何も考えたくなくて横を向いた瞬間、カーテンの開く音。きっと先生だ。謝らないと、と顔を向ける。けれど、そこにいたのは先生ではなくて、私の思考はフリーズした。


「おま、何泣いてんだよ…」
「ば、くご、く」
「あ?どっかいてぇのか?」


ふるりと首を横に振ると、困ったように眉を寄せた爆豪くんの手が伸ばされる。粗暴な言動が目立つ普段の彼からは想像もつかないほど優しい手つきで目尻を拭っていく指先があたたかい。
まさか爆豪くんが運んでくれたのだろうか。そう言えば、意識が途切れる手前に聞いたのは彼の声だったような気がする。


「ごめん、なさい」
「は?」
「迷惑かけちゃって…」
「んなことより、調子悪ぃなら言えや」


はあ、と、鼓膜を突く爆豪くんの溜息。

ああ、呆れられてしまった。
爆豪くんは素敵な個性を持っていて、操作も上手で、身体能力も高くて、将来有望。私がどんなに望んでも決して手に入らないものをたくさん持っている。たとえ性格に難があったって憧れの人だった。そんな彼にさえ、溜息を吐かせてしまった。

また滲む涙に嫌気がさす。

涙腺が壊れてしまったのだろうか。爆豪くんが泣き虫を嫌いなことくらい知っているのに、これ以上嫌われたくないと思うのに、どうしてか耐え切れなくて、布団をかぶる。
焦ったような、困惑しているような爆豪くんの声が私を呼んだけれど、返事なんて出来そうにない。とまれ、とまれ。かたく目を瞑って嗚咽を押し殺す。

どれくらいそうしていただろう。
たぶん、数分くらい。

爆豪くんの声がやんで、けれど気配は消えなくて、舌打ちが聞こえたと思ったら強い力で腕を引かれた。
驚いている間もなくベッドから引っ張り出された私の視界は、爆豪くんでいっぱいになる。


「一人で泣いてんじゃねぇよ、クソが」


ぶっきらぼうに投げられた言葉に、また目頭が熱くなった。抱き寄せられるままに彼の胸を借りて泣けば、くしゃくしゃと髪を撫でられる。撫でる、というにはあまりにも雑だけれど、爆豪くんの不器用な優しさが感じられて、どうしようもなく嬉しかった。