君のすべては言葉じゃない


「おっはよー」と後ろから抱き着かれる。肩に当たる柔らかな感触に、思わず自分と比べて悲しくなりながらも「おはよ」と返せば、三奈ちゃんは明るく笑った。

今日は久し振りのオフ日で、女の子達は全員共有スペースのソファに揃っていた。男の子達はまだ寝ているのか、もう出掛けたのか、姿は見えない。

それぞれ挨拶を交わしながらお茶子ちゃんの隣に腰を下ろすと、梅雨ちゃんがトーストを持ってきてくれて、ヤオモモちゃんが紅茶をいれてくれた。至れり尽くせりで申し訳ない。ヒーロー科の女の子達はとても優秀だと思う。
美味しい朝ご飯に、自然と頬が緩んだ。


「で!爆豪と付き合ってんだよね?」
「ぶっ、」


唐突な際どい話題に飲んでいた紅茶を吹きかけた。何とか飲み込んだ私を誰か褒めてほしい。
噎せる私の背中をお茶子ちゃんがさすってくれたけれど、皆の視線は私に向いていて、とても期待に満ちていた。こういうことに興味がなさそうな響香ちゃんまでもがこちらを見ているあたり、逃げられはしないんだろう。


「……恋バナってやつですか」
「今丁度男子いないし聞きたいし!」


うんうん、と全員に頷かれてしまっては断れそうにない。
一応扉の向こうに気配がないことを確認してから緊張の息を吐く。「絶対内緒にしてね」と釘を刺せば「もちろんですわ」とヤオモモちゃんから逞しいお言葉を頂いた。


「彼氏の爆豪ってどんな感じ?やっぱ普段と変わんないの?」
「それは、……どういう面で?」
「死ねとか良く言うじゃん」
「んー……うるせえとかクソが、は言うかな……」
「うわ。やっぱ言うんだ」
「でも私の悪口になるような言葉は使わないよ。ブスとかチビとか。あと無視もされたことないかなー……」
「へえー。一応配慮してんだね」
「これぞ彼氏!みたいなことはされたりするのー?」
「んー……、出掛けた時に荷物持ってくれたり、車道側歩いてくれたり、手繋いでくれたり……?」
「うおお恋人っぽいのキタアア」
「爆豪くんが好きとか言うとこ全然想像出来んわあ……」
「あ、大丈夫。それは言われたことない」
「「「「え!?」」」」


あれ、そんなに皆して驚くことじゃないと思うのだけど、どうしたんだろう。


「いや、それはやばいよ……」
「えっ、だって爆豪くんだよ……?」
「そう言われると納得しそうになるけど、普通は言うくない?好きかどうか分かんないじゃん」
「んー……言葉より態度派だからなぁ」
「態度派、と申しますと?」
「私が言った覚えがない好きなジュースとかお菓子知ってるし、体調悪いの気付いてくれるし、こないだ倒れた時も目が覚めるまでずっと手握っててくれた……と思う」
「……愛されてるわね」
「……恥ずかしい」


待ってこれ何て羞恥プレイ。公開処刑もいい所。
たぶん爆豪くんが聞いたら『何勝手に喋っとんだクソが!』って爆破されるレベルで話している。皆普通に聞いてくるもんだから普通に答えてしまった。

顔が熱い、と頬を手で挟んで冷やしていると、共有スペースの扉が開いた。

顔を出したのは噂の爆豪くんで、どうやらお腹がすいたらしい。手にはカップ麺を持っていた。
今度ポットをプレゼントしに行こう、なんて思案していたらお茶子ちゃんに「ね、言って欲しくないん?」と耳打ちされる。

それは、好きって言葉のことですか。
今彼に言わせようってことですか。
いやいやいや、無理がありすぎる。
絶対言わないよ爆豪くん。

無理無理とぷんぷん手を振れば謎のガッツポーズをされた。目配せをする女の子達がとても逞しく見える。


「ちょっとばくごー」
「……あ"?」
「ちょっ、響香ちゃん!?」
「いーからいーから」


私の制止も空しく、彼女が手招くままにお湯をいれた爆豪くんが歩み寄ってきた。相変わらずの顰めっ面である。


「あんたなまえのことどう思ってんの?」
「はぁ?」
「付き合ってるのよね?爆豪ちゃんとなまえちゃん」
「……オイコラてめえ」
「ぅっ、私がバラしたんじゃないもん……」


ああ…爆豪くんの視線が痛い…。
絶対勝手に喋んなって思われてる。


「で、どう思ってんの?」
「……嫌いじゃねえ」
「うわーそんなんじゃ分かんないなー」
「うっせぇ分かれやぶっ殺すぞ」
「なまえも不安がってるのになーそうかー嫌いじゃないかー好きでもないんだろうなーそっかー」


響香ちゃんの煽り具合にもういっそ拍手を送りたい。こうやって挑発していくあたり、扱いを心得ていらっしゃる。普段はきっと、ここでキレてまんまと乗せられるのだろう。でも、私がいる時の爆豪くんは、なんというか良い意味で冷静だ。
案の定、凄い顔になることもなく、静かに顔を顰めた彼の視線は私に向けられた。


「不安あんのか」
「ぅ……ない、けど、言葉もあったらなあって……思わなくも、ない……ような……」


やばい。背中の冷や汗が止まらない。爆豪くんがこういう煮え切らない返事が嫌いなことも分かっているけれど、言わせようとしてくれた彼女達の好意を無碍にもできない。
双方からの視線に板挟みにされている身としては、もうなんでもいいから早く解放されたいというのが正直なところだ。

肩身の狭さに身を竦めながら彼を見上げると、それはそれは不機嫌そうな顔をしていらっしゃって、思わず申し訳なくなる。怒らせたいわけではないし、不快にさせたいわけでもない。私の一番はいつでも爆豪くんだということを改めて認識しながら、やっぱり謝ろうと口を開いた時、まるで遮るように伸ばされた大きな手が、私の頭をくしゃくしゃと雑に撫でた。


「あんまこいつで遊んでんな」


全員を一瞥した視線がまた戻ってくる。


「……てめえも、遊ばれてんじゃねえよお人好し」


お人好し。
初めて言われた言葉にびっくりする。爆豪くんから見た私はお人好しなのか。
手が離れると同時に踵を返したその背中は、きっと出来上がっているだろうカップ麺片手に自分の部屋へと戻って行った。

怒鳴らない爆豪くんが意外だったのだろう。固まっていた皆はと言うと「……いや、まじラブラブなんだね」という響香ちゃんの声にぷんぷん頷いていて、当の私はとても恥ずかしくなったので早々に部屋へ逃げ帰った。