静けさを喰む


仮免補習でたくさん擦り傷を作ってきた爆豪くんは、なんだかピリピリしていた。「お帰り」と声を掛ければ返事はしてくれるけれど、こちらを向かないしどこか素っ気ない。轟くんとは以前よりも仲良くなっているように見えるし、きっと誰かにではなく、自分自身に対して納得のいかない何かがあるんだろう。
皆は触らぬ神に祟りなし状態だ。私もそっとしておくのが最善なのだろうか、とツンツンした後ろ姿を眺めながら思う。こういう時の爆豪くんにはどうしたら正解なのか、正直よく分からない。そっとしておいたらおいたで、部屋に引っ張り込まれた挙句、問答無用で抱き枕にされたなんてこともあったから余計に分からない。言葉はなくても傍にいて欲しい、みたいな、そんな感じなんだろうか。なんだか猫みたいだなあ、と食堂のイスから立ち上がる。そうして一人、ソファーに座っている彼の隣へと腰を下ろす。

お互い何も言わないし、何もしない。視線を交わすこともない。皆の視線が背後からちらちらと刺さる。そのまま沈黙の時間が少し続いて、不意に肩が重くなった。首筋に触れる色素の薄い髪がくすぐったい。
私の肩に頭を預けている爆豪くんの顔は見えないけれど、ちょっと気が緩まったのならそれでいいと思う。肩幅もなく撫で肩なので置き心地は全然よろしくないだろうけど、彼は少しの間、身じろぎもせずにそのままでいた。


「…爆豪くん」
「……ん」
「今日、行ってもいい?」


顔は見えない。
私といる時の爆豪くんは、大体眉間にシワが寄るくらいであまり表情が変わらないから、見えていたって考えていることは読み取れない。だからか、ちょっとした仕草だったり、こうして触れている温度の柔らかさが、最近になって分かってきたような気がする。

ワンテンポ置いて頷いた爆豪くんは、小さく息を吐くと共に立ち上がった。たぶんお風呂に行くんだろう。
共有スペースから出ていく背中が見えなくなったところで、皆の脱力感たっぷりな溜息が聞こえた。


「なんかごめんね…」
「いや全然。つーかやっぱお前すげえな」
「え、そう?」
「あーいうガチの爆豪って何にキレるか分かんねえし、どう絡んだらいいかも分かんねえじゃん。緑谷ん時とかさー。俺は近寄れねえ…」
「あー…」


よほど気を張っていたのだろう。くてーん、と机に伸びた上鳴くんに苦笑する。
まあ確かに、緑谷くん絡みで怒っている時の爆豪くんにはちょっと躊躇するかもしれない。

「まあ、あれは怒ってるって言うよりモヤモヤしてる感じだと思うから大丈夫だよ」

そう笑うと「違いが分かんねえ!」と皆も笑ってくれた。
さあ、場の空気も和んだところで、爆豪くんが部屋でゆっくり出来るように晩ご飯を持って行ってあげようかな。