人前


「え?爆豪?」
「うん!なんか全然想像つかんくて、2人っきりの時はどうなんだろーって!」
「どうって……んー……」


お風呂も晩ご飯も終わって共有スペースのソファでのんびりしていると、いそいそと隣に座ったお茶子ちゃんに捕まった。続いて梅雨ちゃん、耳郎ちゃん、ヤオモモちゃんも興味津々に寄ってくる。

普段は土埃や汗にまみれて過酷な演習を乗り越えていても、やっぱり女の子。同級生の恋愛事情は気になるらしい。特に私の恋人である爆豪勝己は、口を開けば死ねだのカスだの暴言が溢れ、気に食わなければ相手が誰であろうと怒鳴るし手も出るし爆破もする粗暴を具現化したような男である。想像がつかないのも無理はない。


「2人の時もその呼び方なの?」
「んーん。ほんとに2人っきりん時は名前で呼んでる」
「カツキーって!?」
「てめぇが気安く呼ぶんじゃねぇ!」


ボンッと背後で軽い爆発音。

いつからそこにいたのだろう。イスに腰を下ろして水分補給をしていたらしいその手のひらが、ぷすぷすと音を立てている。さすがに雄英高校の女子ともなれば彼に対してビビることはそうないけれど、いきなり爆破されると驚くのでやめて差し上げなさいと息を吐く。


「ねー爆豪、私と2人っきりの時どんな感じ?」
「あ"?」
「はいストップ。個性はダメ。相澤先生怒るよ」
「チッ……」


大人しく手をポケットに突っ込んだ爆豪の様子に「おぉ……」とお茶子ちゃんが目を輝かせた。横柄なくせに意外と真面目な爆豪の扱いは慣れたものだ。お茶子ちゃん曰く、こんなにあっさり引き下がるのは私だから、との事らしい。よくわからない。緑谷くんでも大人しくなるよ。きっと。

何はともあれ、本人に聞かれてしまったのだからこの話はお開きだろうと座り直せば、ヤオモモちゃんに袖を引かれた。彼女の耳障りのいい声が耳元でぽそぽそと踊る。


「……そんなの見たいの?」
「もちろんですわ」
「うーん。無視で終わると思うけどなあー……」


少し悩んだものの、まあ大したことではない。いつも勉強を見てもらっているヤオモモちゃんの望みを叶えるべく、ソファの背もたれ越しに爆豪を見る。


「勝己」


あー人前で呼ぶって意外と緊張するなあー、なんて思いながら、物凄い形相でこちらを見た爆豪の視線に苦笑する。普段、怒る以外の感情を表に出さないからか、爆豪の隣にいる上鳴くんや切島くんまでもが興味津々な目をしていた。

もう一度、「勝己」と呼んでみる。

ヤオモモちゃんのお願い。それは、人前で名前を呼んだら爆豪がどんな反応をするのか見てみたい、というものだった。大方検討もつかない爆豪の恋人らしい姿ってやつを見たいのだろう。まあ2人っきりでいる時ですら殆どそういう雰囲気にならない人だから、ビックリするくらいで何の変化もないだろうと思っていたけれど、眉間にこれでもかと皺を寄せて固まっている姿はなんだか可愛い。たとえ人前でも、私だったらお茶子ちゃんみたいに呼ぶなって怒らないんだなあー。


「かーつーき」
「っ、んだてめぇさっきから」
「勝己ー」
「るっせぇ聞こえとるわ!!」


漸くフリーズ状態から抜け出した彼は、ガタンッと音を立てて立ち上がる。うるさいって言うくせに呼ぶなとは言わないあたりも可愛い。あと語尾の暴言もないからちょっと焦ってる。その様子がだんだん面白くなってきて、もう一回呼んでやろうと口を開いた時、


「ふぐっ」


つかつかと近付いてきた彼の大きな手に顔を掴まれた。仮にも彼女の顔を片手で掴むとは男としてどうなのかという疑問は飲み込む。爆豪勝己にそもそも常識は通じない。が、痛くない程度には加減をしてくれている。完全に怒っているわけではない。つまり満更でもないということ。いや、単に黙らせたいだけの可能性もあるけれど、2人の時は無言で顔を向けるか軽い返事しか返ってこないのに、やばい。このオーバーリアクションは、とっても嬉しい。


「……何にやけてんだキメェ」


顔を顰めた爆豪は、うにうにと私の頬を指圧する。満足したのか、それとも焦りが引っ込んだのか、案外すぐに手は離された。既にご愛嬌になりつつある語尾の暴言も、いつも通りに戻っている。

未だに彼の体温がほんのり残る頬を擦りながら「ちょっと痛かったんだけど」と抗議すれば「お前が悪ぃんだろ」と一蹴されてしまった。もうちょっとくらい調子が崩れたままでいてくれてもいいのに。

本当はここでやめておけばいいって分かっているけれど、悪戯心が顔を出す。


「勝己」


さっきよりもずっと近い距離にある赤い瞳。もうちょっとだけでいいから、照れたり焦ったりしている勝己が見たい。ほんの少し丸まったそれは、そんな私の下心をなんなく汲んでしまったらしい。悪いことを思いついたように、にやり、と口角を上げた彼に、しまった、と息を呑む。


「後で俺の部屋な、なまえ」


爆豪の背中が扉の向こうに消えていく。しっかり皆に聞こえるように、とても落ち着いた声で悠々と爆弾を投下した彼に、今度は私が照れる番だった。

人前で名前呼ばれるって、結構恥ずかしいもんなんだね。まさか仕返しされるとは思わなかったよ。