意中のひと


「みょうじー!」

耳障りのいい、少し大きな声が、真っ直ぐに降ってくる。


文字の羅列から顔を上げれば、丁度正面に位置する二階の窓から身を乗り出している赤髪がいて、思わず笑ってしまったのは言うまでもない。

全くあの人は、危ないよって何回言えば分かってくれるのだろう。

ぶんぶん振られている手に小さく振り返しながら、スカートのポケットに片手を潜り込ませる。指先に当たった冷たい感触を取り出して数度タップすれば、一番最初に出てくる切島鋭児郎って名前。


『危ないよ』
『いけるいける!』
『いけない(笑)』
『また本読んでんの?』
『うん』
『俺も行っていいか?』
『いいよ(´ω`)』
『≡┏( *з*)┛』
『転けないでね(笑)』


秒速の既読に緩む頬をそのままに、再び携帯をポケットへ滑り込ませた。

栞を挟んで、本を閉じる。


今日は朝から良いお天気で、木漏れ日が心地いい。
芝生はあったかいし、切島くんに見つけてもらえるし、何て幸せな日なんだろう。
切島くんが来たら何を話そうか。どうせなら彼の話が聞きたいなあ、と思う。
切島くんが楽しそうに笑っている顔を見るのは好きで、何より、ここにいる間だけは、間違いなく私だけの切島くんだった。


とくとくと脈打つ鼓動が、膨れ上がる期待を表面化しているようで、なんとなく気恥ずかしさに襲われる。

こんなにも私がドキドキしていることを、切島くんは、きっと知らないんだろうなあ。