囀るひととき


合理的じゃない。

そう言って、私が提案したショッピングデートは却下された。目的がないのにデパートをうろつくのは時間の無駄だとでも言いたいのか。
久しぶりにお互いの休みがかぶったっていうのに、消太さんはベッドの方が好きらしい。それ私が洗濯したんですよって嫌味を言ったら、素直にお礼を返すものだから憎めない。

仕方なくベッドの端に腰を下ろし、掛け布団から覗いている頭を撫でる。さらさらとした指通りが心地いい。私が勝手に置いていったシャンプーの香りがして、自然と緩む頬を慌てて引き締めた。
普段、見上げるばかりの消太さんを見下ろすのも、なんだか新鮮だ。ほんの少しだけ擦り寄ってくる様子が大きな黒猫みたいで、やっぱり勝手に緩む頬を、再び引き締める。


「お疲れですか」
「ん」
「今日はゆっくりしますか」
「んー…」


生返事ばかりのこの反応だと、どうやら本当に疲れているらしい。
まあ、私とのデートが嫌なわけじゃないなら大人しく諦めよう。私だけが楽しい時間なんて、ちっとも嬉しくない。


「また今度でいいんで、行きましょうね」


そう声を掛けて、ぽんぽんと頭を撫でる。

お寝坊さんな消太さんの為にお昼ご飯は置いておけるものを作ろうかな。なんて考えながら冷蔵庫の中身を思い出していると、服の裾をちょいちょい引かれて振り返る。
どうしたんですか、と傷の残る目元を指先でなぞれば、くすぐったそうに細められた瞳がこちらを見上げた。


「買い物、そんなに行きたいのか」
「買い物っていうか、消太さんとデートがしたいです」
「…そんなもんなのか」
「そんなもんなんです」


この人は私をなんだと思っているんだろう。
高校を卒業して、やっとの思いで"相澤先生"じゃなく"消太さん"と呼べる間柄になったっていうのに、休日デートをしたくない女の子がどこにいるのか。
付き合う前から分かってはいたけれど、つくづく恋愛に疎い人だ。疎いというより興味がないのかもしれない。せつない。

思わず漏れそうになった溜息をのみ込んだ時、ぼそりと聞こえた言葉に、一瞬息が止まった。


「今、なんて言いました?」
「……いや、いい」
「良くないです。もう一回聞きたい」


バツが悪そうに顔を顰めた消太さんがもそもそ掛け布団に潜ろうとするので、慌てて布団を押さえて阻止する。

思えばこの半年間、言葉をもらったことなんて一度もない。いつも私が押しかけて、それを受け入れてくれるだけ。
嫌なものは嫌だとはっきり拒否する人だから、そうしないってことは、私のことをちょっとでも好きでいてくれているんだろうなって自己完結するだけ。

別に言葉が欲しいわけじゃない。
名前で呼べるようになっただけでも十分嬉しいし、大切にされている自覚はある。
でも、どうせもらえるなら、それは欲しいと思ってしまうわけで。


「ねえ、聞き取れなかった」
「別に大したことじゃない」
「やだ。もう一回ちゃんと聞きたいです」
「たく…」


ふわりと浮いたのは、浅い溜息。


「俺はお前がいるだけでいいよ」


数秒視線が交わって、大きな節ばった手に頭を撫でられる。まるで押さえ付けるような荒い撫で方に、珍しく消太さんが照れていることを知った。