触れることで生きていたいの


厚くて大きな手のひらに、左腕が囚われた。彼にとってはなんでもない、子猫をつまみあげるくらいの力加減。それでも後ろに引かれてしまえば、非力なわたしの足は容易くよろついた。慌てて踏ん張ったけれど間に合わなくて、すぐそこの、これまた分厚い男の胸板に寄りかかる。


「ちょっと、危ないでしょ」


抗議まじりに見上げれば、勝己の眉間にシワが寄った。顔が逸れるとほぼ同時、降ってきたのは不本意ながら馴染み深い舌打ちで。ああそうか、ただくっつきたかっただけなんだ、って気付いた。


呼んでくれたらいいのになあ。なまえってたった一言、わたしの名前を呼んでくれたら。そしたらわたしは他の何を差し置いてでも、勝己の声を辿るのに。勝己の腕に擦り寄って、可愛く甘えてあげるのに。

この男は頭が良い。腕力だって言わずもがな。何もかも、きっとそこらのプロヒーローじゃ敵わない。なのにこういう時だけは、たちまち途端に幼くなる。まったく不器用でいじらしい。わたしの前では意味をなさない、勝己のすべてが愛おしくなる。
だから手を差し伸べてしまう。ほんとはいけないってわかってるけど。勝己が自分で気付いて学んで変貌するまで待つのが優しさだって、わかってるけど、だって仕方ないじゃんね。こんなに可愛い人なんだもの。


「かつき」
「、」


舌の上で転がすように音を送り出す。真っ直ぐ勝己に向き直り、背中に腕を回してぎゅうっと抱き着いた。言葉はない。ぬくもりと鼓動だけが混ざってく。
わたし達はこれでいい。これくらいが丁度いいから、特別なことがなくたって惹かれ合っていられる。心のどこかに、いつも互いの場所がある。

少しこわばっていた彼の体は、もうゆっくり息をしていた。


title すいせい