花乞う蠍
なんでだろう。幸せなのに、日に日に苦しくなっていく。
気付いたら、とても贅沢になっていた。四六時中くっつきたくてしかたがない。もっとちゃんと構ってほしい。ふたりで過ごす時間はずっと、わたしだけを見ていてほしい。
一緒に暮らす日々にずいぶん慣れてしまって、些細なことじゃ喜べない。現状だけでは満足できない。毎日好きって言ってほしい。わたしのために言ってくれるスタンスじゃなく、自ら言いたくなるくらいに深く強く想ってほしい。
ねえわたし、いつからこんなに醜くなってしまったの。最近ぜんぜん笑えない。幸せなのに、勝手に涙がこぼれ出る。
恋人って響きがひどく嬉しくて、部屋にいれてもらえるだけで桜色の優越感が溢れでた。好きな人が傍にいる、好きな人がわたしを好きでいてくれる。幻みたい、夢みたい、奇跡みたい。そんな淡い恋情はどこへいってしまったの。
「ごめんね勝己」
「あ?」
「ごめん、ごめんね」
暗闇みたいな色のラグに涙が染みていく。遮るようにわたしの肩をやわく掴んだ手のひらは今、わたしのためにここにある。伏せった顔を覗こうとする赤い瞳は、わたしだけを映してる。
彼にとっては面倒なこと。突然泣いて謝りはじめた女が部屋にいるだけのこと。けれど放っておこうとせずに舌を打った勝己の温度が背中へ回った。勝己のにおいが鼻を包んで、そっとぎゅっと抱き締められる。言葉はなくても伝わってくる。おまえが好きって、勝己のすべてが拍動している。
そういえばわたしが泣いてしまった時、こんな風に抱き締められたことってない。勝己以外には。
「とまったか」
やがて彼は静かに言った。主語がなくても理解できてしまうのは、それだけ心が繋がっている証拠か。
人より高いぬくみを保つ腕の中、小さく頷きながら目を閉じる。嘘はない。じっくりあたためられたわたしの涙は、とっくに気化され空気中に漂っている。わたしの涙は、わたし達を生かす酸素とともにある。
馴染み深い舌打ちが、鼓動音とともに鼓膜を軽く叩いた。
「たく、泣く前に言えや、くそなまえ」
「ごめん」
それでもわたしは、醜いわたしを知られたくはない。だから泣くことをどうか許して。泣く度こうして抱き締めて。今度は叱ってくれてもいいから、おまえは愛されているんだよって優しく教えて。その体温と鼓動と声で、知らしめて。