きみの無音に取り込んでほしい
湿った空気が肌にまとわりついてくる。窓の外はどんより曇った灰色で、今にも雨が降り出しそう。
こんな天気の日は、こめかみのずっと奥が痛む。室内灯がやけに眩しく感じられ、瞼を閉じてやり過ごしても暗闇の中で目が回る。きもちわるい、しんどい、吐きそう。小さな音が、いつもの何倍も大きく聞こえて騒がしい。笑い声も靴音も、大丈夫? と投げかけられる皆の声さえわずらわしい。
天気によって私がこうなってしまうことをクラスメイトは知らない。でもひとりだけ、この世界でたったひとり、わかってくれている人がいる。
「おいクソモブ共、そいつに話しかけんじゃねえ」
苛立ちを孕んだ低声が、教室中の全視線をさらった。空気がピンと張り詰めて、ヒーロー科だ、爆豪だ、と良くない色のひそひそ声が霧のように立ち込める。
普通科にとって勝己は異端だ。受験当初、ヴィラン点だけで合格した怖い奴。それ以上でも以下でもない。だからこそ普通科であり常識人として認知されている私がどうして付き合っているのか、彼らはわからないのだ。良い奴なのにもったいないと、少しだけ思う。
勝己はいつも私以外への配慮が足りない。八方美人を演じていれば、もっと楽に生きられるのにそうしない。自分を曲げたくないのはもちろん、きっと勝己自身がその他大勢の好意を欲していないのだろう。一般的に美徳とされるものなんて、何の意味もないのだろう。
そんなところが惜しくはあるものの、心地いい時もある。たとえば今、私だけを映す瞳に安心してる。
物音ひとつなく隣にしゃがんだ勝己は、私の机に手を掛けた。
「後で迎えに来てやっから、もうちょっと待てるか?」
「送ってくれるの? 寮まで?」
「じゃねーとてめえ帰れねえだろ」
「うん。お姫さま抱っこがいいなあ」
「寝言は寝て死ね」
「ひどい」
思わず笑うと脳に響いた。だめだ、調子に乗ってしまった。
勝己が来てくれたからといって症状が治まるわけではない。ただ気持ちが落ち着いて、心に拳ひとつ分の余裕が生まれる。親友のような、兄弟のような、相棒のような、なんだかんだ心配性な私の恋人。
おとなしく机に頬を預け、未だこめかみを襲う痛みに耐える。かつき、と名前を呼べば無骨な指先が伸びてきて、遠慮がちに私の前髪を撫でた。
「待ってる」
「おう」
勝己が始終声を荒げなかったのは、私に対する愛情だと知っている。