きれいなひとに


「俺はみょうじがいてくれればいいよ」
 それは甘いようでいて、なんともひどい言葉だと思った。
「そっか。ありがと」
 微笑んで、目を伏せる。

 相澤さんがドライであろうことは、なんとなくわかっていた。年齢以上に落ち着いていて世界を守るヒーローで、ぬくもりに縋るほど寂しがり屋ではない男。まだわたしが彼の教え子だった頃から、そんな印象が強かったからだ。
 それに、何もしなくていい、いるだけでいい、と言ってもらえることは有難い。相澤さんがわたしを好きになった理由が自分に何かをしてくれる女ではなく、わたしそのものだと実感出来る。特別美人でも才能があるわけでもないわたしからすれば、本当にとても、有難いこと。
 ただ、なんだろうな。むなしくて、寂しい。
 わたしは贅沢な人間だから、相澤さんと同じ空間で息が出来るだけでいいだなんて言えやしない。名前で呼んで欲しい、手を繋いで欲しい、抱き締めて欲しい、一番になりたい、触れていたい。せっかく恋人になれたのだから恋人でなければ出来ないことをして欲しいし、してあげたい。それがわたしなりの愛情表現だからこそ、傍にいるだけで満足出来る相澤さんの愛情が量れなくて不安になる。
 相澤さんがわたしに望むことはない。自ら与えることもない。ただおやすみのキスやお帰りのハグ、そういう、わたしが望んだことだけはちゃんと聞いて習慣化してくれている。あまりに綺麗で立派な大人で、嫌になる。あれもこれもと求めてしまうわたしがひどく醜く思えて、嫌になる。

 聞き分けのいい、無償の愛を注ぎ続ける女になるには、どこからやり直せばいいのだろう。どれほど耐えれば、我慢に慣れることが出来るのだろう。
 無欲になりたい。わたしもあなたみたいに、あなたがいれば何をしてもらわなくてもいいんだよ、って言える綺麗な女になりたい。