目覚めなくてもいい


 ときどき思う。わたしが今見て聞いて感じている全てが、本当は夢なんじゃないか、って。たとえば目の前であぐらをかいてニュースを見ている大きな背中。たとえば、ミニテーブルに頬杖をつく逞しい腕、頬を支える無骨な手。たとえば「なまえ」と、ぶっきらぼうに振り向く瞳。

 それはとても不満気に、じいっとわたしを睨んだ。

「なに?」
「視線がうるせえ」
「ごめん」
「なんかあんか」
「ううん、見てただけ」

 眉間にシワが刻まれる。無言の圧力は、けれどちっとも怖くない。だって照れているだけだ。好きでもない女を部屋に入れるほど勝己はお人好しじゃない。

 瞬きの合間に思い出す。まだ出会ったばかりの頃は、こういうことを言う度に心底嫌そうな顔をされていた。瞼の裏側、不意に浮かんだ昔の勝己が舌打ちをする。そういうところも好きだった。自分の感情に素直で嘘がつけない人。周りからの評価を簡単に払いのけてしまえる人。なんとも人間くさいその未熟さが愛おしい。恋をしているわたしの頭は誰よりも、勝己の不遜な態度や傍若無人さをプラスへ変換することに長けていた。
 わたしにとって勝己は雲の上の人だった。太陽のような、月のような、流星のような、地平線のような。

 だから、ときどき思う。

「勝己、ごめん。やっぱりあった」
「あ?」
「すき。世界でいちばん、勝己だけが好き」
「……せえな、知っとるわ」

 夢でもいいやって、ときどき思う。