あなたのすべてが愛おしい
名前を呼ばれるたびに鼓動が鳴った。体温があがって、振り向くことが精一杯で、返事もできない。教室で呼ばれて席を立った拍子にイスを倒してしまったこともある。みんなのびっくりした顔と羞恥心は、今でも忘れられない思い出だ。
彼の声で彩られた私の名前が、鼓膜のずっと奥の奥でこだまする。
「なまえ、行くぞ」
掴まれた手首から熱が移った。勝己の手はぶあつくてあたたかい。あいかわらず返事ができない私のことを、それでもだれより好いている。言葉はなくとも伝わってくる。たとえば、私の手首を握る力加減とか歩幅とか、そういうものが愛おしい。呼ばないかぎり振り向かないところも、外で待っているところも、勝己のすべてが愛おしい。
夜の風がひと吹き頬を撫でていく。まだまだ暑い最中だけれど、ずいぶん外に出やすくなった。流行病がなりを潜めるにつれて増えた会食は億劫なのに、勝己が迎えに来てくれるからちょっと楽しみでもあるなんて、私はなんて現金なんだろう。こうしていつも、一緒にいられたらいいのに。
「かつき」
「あ?」
「手、がいい、です……」
赤い瞳にとらわれて、まっすぐ発するはずの声はしぼんでしまった。恥ずかしい。手首じゃなくて手を繋いでほしいだなんて笑われるかな。笑われるよね。
伏せっていく私の視線が、慣れた舌打ちに拾われる。見上げた先には顰めっ面の勝己と夜空。
「そういうことは早く言え」
「あ、えっと」
「謝んな」
「う……」
するり。手首からすべっていった手のひらが、私の手のひらを包みこむ。ぶあつくて、あたたかくて、大きくて、優しくて。
脈をうつ。まるで心臓が、手のひらの中にあるみたい。
半歩先を歩く腕に肩を寄せ、ふわふわとした心地のままに感謝を紡ぐ。ありがとう。ぶっきらぼうな返事のあと、めずらしく言い淀んだ勝己は「気づかねえでわりぃ」と小さく謝った。