えいえんにさす栞
一緒にお風呂に入ろう。そう誘うと、ちょっと前までの勝己なら呆気にとられた様子で半開きの口元をひくりと震わせていたけれど、最近は慣れてきたらしい。怪訝そうな顔はする。でも嫌だとは言わなくなった。
脱衣所へ向かう背中を追う。今日の入浴剤は何にしようかな。
「どれがいい?」
「なまえが好きなやつ」
「誤魔化さないで」
「……色ついてるやつ」
「じゃあミルクね」
"私が好きなやつ"は勝己が逃げる時の常套句で、"色ついてるやつ"は裸が見えないくらいに湯船が染まる物を指している。染まっている方が気が休まるらしい。まるで思春期の中学生みたいなことを言う。一度、女の人の裸で興奮するのかと聞いたことがあるけれど、てめえにだけだわと恥ずかしげもなく睨まれたので、私は勝己にとって特別らしい。
ミルクの入浴剤を注ぐ。雲みたいなモヤが湯船の底でひろがって、表面近くに浮上する。いつの間にか素っ裸になっていた勝己が雑に風呂桶を突っ込み、ぐるりと一周かき混ぜた。
かけ湯をしてから湯船に浸かる。爪先からそうっと入る。勝己はこちらを見ない。いつものこと。照れなくなったとはいえ、まだ恥ずかしいのだろう。
脚の間に腰を下ろして割れた腹筋に背中を預けると、濡れた手のひらに目元を覆われた。あたたかい仄かな暗闇が全身の力を奪っていく。厚い胸板に頭を預ける。
「目、疲れてんだろ」
「なんでわかるの?」
「俺を誰だと思っとんだ。てめえのことなんざお見通しだわ」
「ふうん。それって私にだけ?」
「あ?」
「私だけ、特別?」
ちゃぽん、ぱしゃり。水音が浴室に反響して少し大きく聞こえた。
なんでもお見通しの勝己も、さすがに知らないだろう。どうして私が一緒にお風呂に入りたがるのか、皆目見当もつかないのだろう。でも、それでよかった。知らないからこそ戸惑って、わからないからこそ安心させようとしてくれる。その思いやりで、私は明日も笑うことができる。あなたの帰りを泣かずに待っていられる。
「なに不安がってんのか知らねーがいつも俺の特別はてめえだけだ、って、なんべん言や覚えんだ?」
「もう覚えてるけど何回だって聞きたいよ。てめえじゃなくて名前入りで」
「へーへーわぁったよ。たく……特別だ。なまえだけ、いつも、俺の」
呆れ半分の声色に思わず笑う。鼓膜も心も満たされて、気泡のように浮かんだ無数の嬉しさが湯面で弾けて昇っていく。