春が似合う人


 陽だまりの中、冷たい風が頬を掠める。四月、桜色に染まる季節。勝己が生まれた季節。

 私は彼のことを夏が似合う人だと思っていた。眩しくてギラついていて、どこまでも真っ直ぐであまりに鮮烈で、花火みたいな個性だったから。それに白黒はっきりさせたがるところとか、曲がったことが嫌いな性格とか、ゼロか百かで考える極端な思想もコントラストが高くて夏っぽい。
 でも、桜の木の下にいる彼は違った。伏せった瞼、静かな横顔、白い肌。気配はない。なのに確かにそこにいる。存在感がある。そう、たとえば、目に見えなくて形も色もないけれど唯一触れることができる、風みたいな存在感。

 ひらひらと花弁が舞い落ちる。影を追った彼の視線が、立ち止まっている私に気づく。


「なにじっと見とんだ。声かけろや」


 バツが悪そうに眉を寄せて首裏をかいた勝己は、凭れていた桜の幹から背を浮かせた。言葉は強いのに、声は至って穏やかだった。私に対して彼が声を荒らげることはない。いつも静かに淡々と、時には呟くように話をする。


「ごめんなさい。見惚れちゃって」
「は?」
「桜が似合うね」
「……そうかよ」


 呆れまじりの溜息が風にさらわれた。どうやら、つっこむことを諦めたらしい。花が似合うっつわれて喜ぶ男がいるかよ、そう言いたげな視線が降ってきて逸れていった。
 代わりに差し出された手を握る。今の今までポケットの中で温められていた手のひらは、想像よりも熱かった。


「で? どこ行く」
「んー……どこがいい?」
「行きてーとこねぇんか」
「うーん。いろいろ考えてたんだけど、私、勝己がいればいいみたい」
「みたいってなんだ。テメーのことだろが」
「うん。でも今気づいた」
「遅せぇわ」


 小さく吹き出した勝己と笑い合う。穏やかな時間が心に染みて、熱とともに拡がっていく。陽射しも体温も心地がいい。まるでシャボン玉の中にいるみたい。周りの音が少し遠くて、世界がオーロラ色に揺らめいている。
 桜並木が続く通りをゆっくり進む。私といる時、勝己はいつもゆっくり歩く。


「駅前のカフェにでも行くか」
「新しくオープンしたとこ?」
「ああ。なんとかティーやってんだと。なまえ好きだったろ」
「アフタヌーンティーね。大好き。楽しみ」


 今日は勝己の誕生日なのに私が良い思いをしていいのかな、なんてノープランのくせに思う。一時間しかなかったのだ。勝己から連絡が来て、待ち合わせるまで。まさか当日に呼び出されるとは思ってなくて、忙しいだろうから夜に会いに行こうとばかり考えていた今朝の私は、お洒落をすることに精一杯でプランを立てる余裕はなかった。

 勝己は調べていたのかな。だって、この間オープンしたばかりの人気のカフェのアフタヌーンティーが、予約なしに楽しめるわけがない。きっと私がノープランなこともお見通しだったのだろう。勝己からの連絡、勝己と会える、そう舞い上がる私を想像して笑っていたのだろう。
 勝己ったら、ほんと私のこと大好きだよね。私も勝己のこと大好きだから、せめて誕生日プレートくらいのサプライズは、させてちょうだいね。