火をくるむ花
玄関の鍵を開けると灯りがついていた。美味しそうな匂いがする。視線を落とすと、きっちり揃った男物のハイカットスニーカーが私を迎えてくれていた。どうやら今日も来ているらしい。
「おけーりなまえ。早かったな」
「そ、うん…ただいま」
キッチン前に立つ勝己は、平然とこちらを向いて言った。味見の最中だろう。小皿とおたまを手にした姿は、私の家だというのにとても良く馴染んでいる。まるで家主みたいだ。そして私の帰宅は早くないし、むしろ遅い。おかげで脳内処理が追いつかなくて、なんとも間抜けな返事になった。ついでに気まで抜けてしまって思考が止まる。
けれど体はいつものルーティンを覚えていた。ショルダーバッグを肩からおろす、壁際に置く、手を洗う、上着を脱いでソファの背凭れにかける、シャワーで浴槽をさっと流す、給湯器リモコンの自動を押す。キッチンに戻る。
「風呂、さんきゅ」
「いえいえ。今日は肉じゃが?」
「好きだろ」
「とっても」
鍋に向き合う無骨な背中に寄り添いつつ顔を出すと、勝己の肘が上げられた。空いた片脇のスペースにもぐり込むことを「ん」と短く許される。やったね。鍋のふちでほわほわ湯気が漂っていてあたたかい。くっついている勝己もあたたかい。
味見は終わっているようで、シンクに小皿が置かれていた。
こうして勝己がご飯を作りに来ることは、そうめずらしくない。昼と夜、時間はまちまち。作り置きをしておいてくれることも多い。いつの間にかそうなっていた。自分が作ったもので私を育てたいのか、単なる趣味か、私がまったく料理をしないからかもしれないし、そうでないかもしれない。聞いたところで、俺が好きでやっているとしか言わないのだ。
殺風景だったわが家のキッチンは、今では彼が持ってきた調味料やら調理器具やらでスマートに賑わっている。
疲れて帰ってきた時、特にありがたいと思う。勝己がいると家があたたかい。私もなにか与えることができているといいな。
いただきます。手のひらを合わせてお箸を持つ。肉じゃがにサラダとひじきの和え物が追加された食卓は華やかだ。
「美味しそう…なにから食べよう…」
「好きなモンから順にいきゃいいだろ」
「全部好きな場合はどうしたらいいと思う?」
「……」
睨まれた。呆れているのかイラッとしているのかよくわからない。でもプレート皿にサラダを取り分けてくれた。勝己は私の「ありがとう」に弱い。
互いの近況報告を二三しながら食事を平らげる。シャキシャキのレタスも、ほろほろのジャガイモも美味しかった。片付けるのは私の役目、と言いたいところだけれど、いつも勝己が動いてくれるので甘えることにしている。
ソファに座ってぐっと伸びる。息を吐くと全身の力が抜けて、そのまま背凭れに沈んだ。お腹がいっぱいでちょっと眠い。
勝己は引き戸の向こうで電話中。耳を澄ますと「だから行かねぇつってんだろ。もう食ったわ」なんて荒い声が微かに聞こえた。上鳴くんか切島くんあたりだろう。どこぞのお嬢さんからだった場合、誰から番号を聞いたか確認してすぐに切る。
帰ってきた勝己は案の定イライラしていた。スマホをテーブルに投げたかと思うと、隣に勢いよく座る。こわくはないし不安もない。むしろおもしろい。私はよく知っているから。勝己の機嫌を穏やかに直す方法を。
おかえり、と微笑みかける。
「今日泊まってくよね? 一緒に寝よ」