「苦しくねえか?」
尋ねれば、お礼と共に振り向く瞳。
「手際いいね」
品良く笑んだ眼差しが、嬉しそうで寂しそう。
何も言わず、何も聞かず。長い睫毛がすうっと憂いに沈みゆく。
最初の印象は“箱入り娘”。凛としていて聡明で、ひねた様子は微塵もない。男心をほのかにくすぐる仕草はどれも愛らしく、可愛がられて育ったことが窺えた。おまけにころころ良く笑う。ゴミ溜めみたいな腐ったこの世の穢れも呪いも痛みも知らない、ちょっと顔が良い女。身も蓋もない言い方をすれば、扱いやすそう。だから近付いた。楽だと思った。
けれど一緒に暮らす内―――そう。丁度こんな、太鼓や笛の祭囃子が遠くに響く夏の夜に、そうじゃないって気が付いた。箱入り娘なんかじゃない。むしろ箱入り娘でいられるよう、誰の気にも障らぬよう。ただ丸まま呑んだ自分の心を腹の底で殺してる。あまりに自然に、当然に。そうすることに慣れ切っている。だからこそ不安定さが揺らめいて、時折その輪郭をぼかしてしまう。
白い波紋を纏うなまえに、つい手が伸びた。
「甚爾?」
「……、」
大事にしてやりたいと思う。
こんな俺でも、なまえが好いてくれるなら。
俺がいいと、あどけなく選んでくれるなら。
「女に着せてやんのは、お前が初めてだからな」
「やだな。何も言ってないよ」
くすくす笑う小さな頭を引き寄せる。今夜のために整えただろう波打つ髪を乱さぬよう。さっき覚えた力加減で、そうっと優しく抱き締めた。
fin.
< 題材 / 浴衣 >
2021合同夏企画【 盛夏の懺悔 】提出
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