だから呼吸はへたくそなまま




華奢な体躯に帯を巻く。藍染めに、浮いて映える白い肌。掴むどころか弾くだけ。たったそれだけで容易く折れてしまえるだろう細い首。ちょっと締めればよろつく身体を支える度に、これでもまだ強いのか、となまえのやわさを知覚する。それでも花結びをしてやる頃にはすっかり慣れて、力加減もそこそこマシになっていた。

「苦しくねえか?」

尋ねれば、お礼と共に振り向く瞳。

「手際いいね」

品良く笑んだ眼差しが、嬉しそうで寂しそう。
何も言わず、何も聞かず。長い睫毛がすうっと憂いに沈みゆく。



最初の印象は“箱入り娘”。凛としていて聡明で、ひねた様子は微塵もない。男心をほのかにくすぐる仕草はどれも愛らしく、可愛がられて育ったことが窺えた。おまけにころころ良く笑う。ゴミ溜めみたいな腐ったこの世の穢れも呪いも痛みも知らない、ちょっと顔が良い女。身も蓋もない言い方をすれば、扱いやすそう。だから近付いた。楽だと思った。

けれど一緒に暮らす内―――そう。丁度こんな、太鼓や笛の祭囃子が遠くに響く夏の夜に、そうじゃないって気が付いた。箱入り娘なんかじゃない。むしろ箱入り娘でいられるよう、誰の気にも障らぬよう。ただ丸まま呑んだ自分の心を腹の底で殺してる。あまりに自然に、当然に。そうすることに慣れ切っている。だからこそ不安定さが揺らめいて、時折その輪郭をぼかしてしまう。

白い波紋を纏うなまえに、つい手が伸びた。


「甚爾?」
「……、」


大事にしてやりたいと思う。
こんな俺でも、なまえが好いてくれるなら。
俺がいいと、あどけなく選んでくれるなら。


「女に着せてやんのは、お前が初めてだからな」
「やだな。何も言ってないよ」


くすくす笑う小さな頭を引き寄せる。今夜のために整えただろう波打つ髪を乱さぬよう。さっき覚えた力加減で、そうっと優しく抱き締めた。


fin.
< 題材 / 浴衣 >
2021合同夏企画【 盛夏の懺悔 】提出




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