「あ、の、……みょうじ?」
私の名前を呼ぶ声は二割の気恥ずかしさと、八割の戸惑いで出来ていた。そりゃそうだよね。彼女でもない同級生。誕生日プレゼント何がいい? って聞いた答えが、まさかハグしてだなんてびっくりだよね。
全然ぎゅってしてくれなくて、夜の空気が衣服と素肌の間をひんやり滞空する。寒い。虎杖くんに触れていない背中はもちろん、こんなに好意を示しているのにたったの少しも報われない、吹きっさらしの心が寒くて死んじゃいそう。いや、ちょっとは報われているのかな。虎杖くん、ずっとドキドキしてくれてるし、脈はあるのかもしれない。
ん? と音を返してみれば、あーえっと。言い淀んだ彼のあたたかな手が、背中をぽんぽんしてくれた。冷たい空気が追い出され、背骨に残る高い体温。
「これさ」
「うん」
「その、……伏黒とかにもした?」
「ううん」
「俺だけ?」
「うん。虎杖くんにだけ」
「そ、か」
「うん」
そもそも伏黒くんは、今日が私の誕生日だっただなんてまだ知らない。野薔薇もそう。五条先生が言ってなければ、誰もなんにも知らないまんま。だって私は、虎杖くんが祝ってくれればそれで良かった。こんな風にわがままを叶えてもらえなくても、おめでとうって、ただその一言が聞けさえすれば満足だった。
だからいってしまえば今幸せ。正々堂々抱き着けるのはこれが最後だと思うけど、それでも全然悔いはない。制服越しの温度や匂いと手触りと、こんなに近い声の色や振れ幅を知れただけでもう充分。たとえこの先、小さな溝が出来てしまって今まで通りに戻れなくても大丈夫。寒さに震える心が死んで、何度も何度も焦がれて夢見た“虎杖くんの彼女”になれなくたって。
……なんて、ごめんね。あいにくそんなに聞き分け良くはないもんで。気が済むまでもう少し、せめてこのままいさせて欲しい。
なあみょうじ。呟くように呼ばれて瞼を押し上げる。背中にあった彼の片手が後頭部を撫で下ろし、首の後ろで落ち着いた。すぐそこで、さっきよりはしっかりとした虎杖くんの声がする。
「俺、結構単純だからさ。俺だけとかこーいうの、なんつーか、勘違いしそう……なんだけど」
してもいい、よな?
いつの間にか腰へ回っていた腕に、切なる力が込められた。密度がぎゅっと高まって、伝わってくる鼓動は依然ドキドキしてる。赤い耳をした虎杖くんから溢れる熱に、私の感傷と想い全部が溶け出すまで。きっと五秒も必要ない。
title alkalism
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