これ以上は語れない




改札を出て、公共の場でいちゃつくことをよしとしない恵の手を握る。一瞬ぴくりと震えた肌。こちらを見下ろす目付きは悪い。でも、怒ってない。


「だめ?」
「……高専に着くまでだからな」
「うん、ありがと」


今日は良い日だ。お昼までダラダラ眠って起き出して、準備を終えたら二人でのんびりカフェ巡り。一時間だけカラオケに行って、晩ご飯はチェーン店のチーズインハンバーグを食べた。いつも部屋で本の虫になっている恵が、私のために使ってくれた貴重なオフ。

もちろん大切にはされている。私も呪術師だっていうのに、外で何かあったらって心配してくれる。夜は一緒に眠ってくれる。でもそれだけじゃあ恵との思い出が厚くならない。記念日には、二人のアルバムを作りたかった。


せっかくだから少し遠回りをしてみよう。思いはすれど、言えるはずもなく諦めた。夜風にさらされ肩を寄せ、すっかり見慣れた帰路を辿る。絡めた指があったかい。前に繋いだの、いつだっけ。恵の手、こんなに大きかったっけ。細く見えて節張っている指が長い。男の子なんだから当たり前だけど、平べったくてごつごつしてる。忘れてたよ。きれいな形をした爪も、かさついている手のひらも。忘れるくらい、久しぶり。

あーあ。帰りたくないなあ。このまま一生、高専に着かなきゃいいのになあ。そしたら恵は、私がずうっとひとり占め。なんてね。


「ねえ恵、写真撮ろうよ」
「ここで? 何もないぞ」
「いいの」


微笑めば恵は不思議そうにしながらも、ぽつんと佇む街路灯の下で止まってくれた。手は繋いだまま。一度離したら、もういいだろ、って言われかねない。

片手で取り出したスマホのロックを解除する。アプリを立ち上げ、二回タップでインカメラに切り替えた。さあどうやって持とうかな。私の手には収まらなくて、落とさないようもたもた回す。


「手、離せばいいだろ」
「やだ」
「なんでそんな繋ぎたがんだ」
「だって好きだもん。傍にいるだけでも充分だけど、私が欲張りなの、知ってるでしょ?」
「……貸してみろ」


どうやら何も言えなくなったらしい。ちょっと照れているのかな。それとも仕方ないって感じかな。わからないけど、スマホを渡せば器用に回し、二人が写る角度でスタンバイしてくれた。 ねえ恵。


「1+1は?」
「ふっ」


またしょうもないネタで笑わせようとしてきたな。そんな加減で吹き出した、恵の笑顔がもったいない。今シャッターチャンスだったのに。なんて見惚れていると、優しい声が私を呼んだ。


「なまえ」


視界に迫る、ゆるい眼差し。すぐそこで長い睫毛が促すように伏せっていくから、目を閉じる。指をきゅっと握られたのとほぼ同時、触れた吐息が重なった。

すぐに離れた恵から「ん」とスマホが返される。マイアルバムには黒い写真。たぶん恵の後頭部。いや、腕の角度的に側頭部か頭頂部かもしれない。キスの間に撮るだなんて器用だね。


「写真真っ黒だよ」
「だろうな」
「え、このアングルわざとなの?」


見上げれば、言いづらそうな顰めっ面と逸れた視線。


「……俺とおまえがわかればいいだろ」


ほら行くぞ、と歩き出した恵の耳は、霜焼けみたいに赤かった。






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