グラデーションが満ちてゆく




背中貸してって言うから何すんのかなって思ったけど、とりあえず一つ返事で貸した。ら、くっついて離れなくなった。なまえさんが。準一級術師で単独任務もバリバリこなすし、鬼強真希さんとめちゃくちゃ良い勝負するあの先輩が。


「えっと、なまえサン……?」
「はぁい?」
「あの、……わりと恥ずかしいんスけど……」


可愛らしい力加減でぎゅうっと俺の腹を抱く腕はビックリするくらい華奢で細く、温かい背中にはなんか柔らかいのが当たってる。そういえば呪力で強化するから鍛えなくていい的なこと言ってたなー、なんて目いっぱい意識を逸らすのでもう必死。しかも顔が見えない分、余計に“かっこいい先輩!”ってイメージがぐわっと変わってやばい。いや、前々から容赦ない祓い方のわりに仕草とか笑い方とか可愛い系だなとは思ってたけど、マジで可愛くないかこの人。やばい。ってか何でずっとくっついてんの? ちょっと人肌恋しいとかなら絶対パンダ先輩のがぬくいじゃん。なんならもっふもふだしアニマルセラピー的なアレもあると思うんだけど、え、何で俺……? そんな要素なくね??


最早プチパニックも良いところ。そんなこっちの気を知ってか知らずか――まあバクバクいってる心音は十中八九聞こえてるだろうけど――背後でくすくす笑う声まで可愛く響いて心臓が痛い。やばい。


「……なまえさん」
「はぁい」
「何してんの?」
「ぎゅーしてる」
「あー……それは分かるんすけど……」
「?うん」
「……なんでそんな可愛いことしてんの、ってこと」


しかもここ外っすよ外。いくら校舎裏っつったって、ちょっと出たらもう見つかり放題。気が気じゃない。せめて部屋ん中とかにして欲しい。……いやダメだけど。それもそれでいろいろまずいけど!


こうなったら瞑想でもするかって遠くへ意識を持っていき始めたところ、ほんと何考えてんのか全然分からんなまえさんがゆっくり動いた。幾分冷たい外気が背を撫でる。それでも柔い体温は残ったまま。するりと離れていった腕が左袖を掴み、まるで小さな子どものようにひょっこり顔を出しては、必然上目遣いで俺を映す呂色の瞳。正直めっちゃドキッとした。だってこんなん、普通にずるい。


「可愛いって思ってくれたの?」
「そりゃ……ハイ……」
「やだガチ照れじゃん」


どっちかってーと嬉しさのこもった笑い声が、ふわふわ心を浮き立たせる。間違ってもからかっているようには聞こえない。

視界の真ん中「ありがと。なんか悠仁にくっついてると安心すんだよねー」と目元をゆるめるなまえさんだけが色鮮やかに輝いて、芝生の青さえ霞んで見えた。


title 約30の嘘
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