捨ておくくらいならここが墓場




クッションに片肘をつき、寝っ転がってテレビを見ている背中のすぐ後ろへ腰を下ろす。毛玉ひとつない黒のスウェットはつい先日、彼のために買ってきた上下セット。見た目の割に良い体格をしているものだからちょっと心配だったけれど、どうやら問題なかったらしい。快適そうにぐうたらしている様は、さながら大きな黒猫ちゃん。じいっと見下ろしていれば、枝豆色が振り向いた。


「……」
「……」


交わった視線をそのままに、変わらずじいっと見続ける。甚爾もそう。じいっと見つめ返してはどちらからともなく瞬いて、それからゆっくり手を伸ばす。昨日は私、今日は彼の方からだった。


「どうした」


目尻を撫でる指の背に、視界を細めて小さく擦り寄る。途端、いつも薄情な口元が緩んだ。笑い混じりの「なんだよ」が鼓膜を通り、優しい余韻を残していく。

甚爾が居る日は寂しくなくていい。たとえ本当でなくたって、望めば器用に愛してくれる。ぎゅっと程良く抱いてくれる。人肌が温かいことを教えてくれる。生きた鼓動を波打たせ、とても上手に甘やかしてくれる。独りで生きていけない私と衣食住が欲しい彼。言い得て妙な均衡は、だからこそ心地良く保っていられるのだろう。偽物でいい。薄っぺらくて浅いものでいい。だってもし本物だったら喧嘩したりすれ違ったり、相手に求めることが段々増えて将来に対する不安も募って、所詮他人は他人だと割り切ることさえ出来なくなってしまう。世の中、猫ちゃんくらいが丁度いい。ギブアンドテイクで成り立って、それ以外は目を瞑る。のめり込まない。依存しない。内面的パーソナルスペースに入らない。他人行儀で飄々とした暗黙の了解が、私にとっては甘やかな救いだった。


「あんま見るなよ」
「嫌だから?」
「穴あくから」
「じゃあ見つめとこ」
「なんでそうなんだ。普通逆だろ」


喉の奥での笑い声を彼の手自ら遮る。とんとん。枕元を叩いた手。こっちに来いって意味だろうか。上手く察せずはかりかねていると、とんとん。再度、まるで催促するように同じ所を叩いた無骨な手。


「ほらなまえ。俺見んならどこでも一緒だろ。ここ座れ」


言われるままに移動して、彼の枕元へ座り直す。満足気に瞳を細めて笑った甚爾はテレビへ向き直り、それから私の太腿へ頭を落ち着けた。ああ膝枕をねだっていたのか、ってはじめて気付いて、なんだか普通の恋人同士みたいな気恥ずかしさにちょっと笑った。


title まばたき
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