無防備という罪




滴が落ちて、波紋が揺れる。まるで巨大生物の腹の中。真っ直ぐ伸びる背骨を軸に、肋らしき分厚い骨が等間隔に連なる頭上。角の生えた頭蓋骨がいくつも積み上がった頂に、彼は居た。悠々と長い足を組み、もう聞き慣れた呪いの王たる台詞を紡ぐ。


「許可なく見上げるな、小娘」


吊り上がった口端。物理的はさることながら、心理的にさえ人を見下す高圧的な赤い眼。


「聞こえなかったか?」


再度降ってきた低声に「なまえ。小娘じゃない」と視線を落とす。何度言ったら分かるのか。そう文句を垂れれば手っ取り早く殺されて、逸早くベッドの中へ戻れるか。それとも彼の“帰す意思”が必要か。

下手に動くのも良くないかなと思案する。私が眠った夜の内、骨だらけのこの場所で目覚めることは決して少なくないわけだけれど、未だ全く勝手が分からない。宿儺の思惑も掴めていない。まあどうせ暇潰しだろうけど。面と向かってそうとは言わないものの、おそらくたぶん、話し相手が欲しいだけ。わざわざ呼び出さずとも話せる虎杖とは不仲らしいと聞いていた。

でもなあ。私も今日は眠いんだよなあ。任務終わりで疲労困憊。どこでもいいからゆっくりしたい。


辺りを見回し、息を吐く。当然ながらベッドはないし、肌触りのいいシーツもない。もうそこでいいかって水溜まりから数歩抜け出し骨山の麓へ横になれば、またあの声が降ってきた。さっきよりもうんと近くの真上から。


「おい小娘、何をしている」
「なまえ」


落ちた影へ視線を向ける。いつの間に下りてきたのか私を跨いで立つ彼は、訝しげに眉を潜めた。


「ほら宿儺。リピートアフタミーなまえ」
「りぴ……?」
「呼んでみてってこと」
「ほう。俺に指図とは」
「おねだりしてるだけじゃん……。いいよ別に。絶対呼んで欲しいわけじゃないし」


ごろりと体を反転させ、窪みへ上手くはまりこむ。心地良くはないけれど、幸い寝れないこともない。

自分の腕を枕にし「おやすみ」って目を閉じた数秒後――「なまえ」。漸く私の名前を呼んだ声は至極不満気で、「勝手に寝るな。つまらんだろう」と拗ねるように響いたかと思えば、くしゃくしゃ頭を掻き撫ぜられた。

ダメだよ宿儺。それ気持ち良くって、逆に寝そう。


title 凍土
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