――トン。
「っ、?」
不意に触れた肩にびくり。脈打つ鼓動を宥めながら隣を見れば丁度狗巻くんも振り向いて、夜空みたいなその双眼が間近でやんわり細まった。なんて意地悪で愛しい人か。発せられた優しい「高菜」はどこか楽しげに弾んで聞こえ、ああからかわれてるんだって思い当たる。見た目に寄らず悪戯好きな彼のこと。きっと私の反応で遊んでる。
分かっていても、既に熱は沸いた後。そう簡単に冷めはせず、結局「びっくりした」って笑みに乗せてちょっと逃がした。
「どうかした?」
「おかか」
「何もないの?」
「しゃけしゃけ」
「もう……」
気を取り直し、なんとか三行くらい書き進めた頃。離れた肩が再びトン、と寄ってくる。やっぱり跳ねた私を見下ろし、今度は可笑しそうに細まる瞳。胸の真ん中辺りがドキドキとくとく高鳴って、まるで全身が心臓みたい。狗巻くんはこんなに普段通りなのにね。私ばっかり余裕がなくて、それがどうにも悔しくて。
「だからびっくりしちゃうでしょ」って拗ねた振りを試みる。ぷんっとそっぽを向いて、狗巻くんなんてもう知らない。そしたら本気にしたのだろう。途端に焦りを孕んだ声が「お、おかか……?ツナマヨ?」と制服の袖をくいくい引いた。思わず緩んでしまいそうな頬を引き締めて、仕方ない風を装いながら目だけで振り返る。
視界の中、濃紫を縁取る長い睫毛が瞬いて、カリカリカリ。一体どうしたのやら。急に紙面を擦り始めた彼のペン先へ、自然と視線が落ちていく。彼特有の角張った字が一つ一つ出来上がり――
『なまえ、好き』
なんとも弱いこの心臓をさっくりズキュンッと撃ち抜いた。
こんなのズルいよ、ねえ棘くん。
私も好きって、言ってもいい……?
title 凍土
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