秘密めいた仕草で導いて




任務へ同行し始めて二ヶ月あまり。危ないからって渋っていた狗巻くんも今ではそこそこ頼ってくれて、最初は『書いておくからいいよ』と気遣ってくれていた報告書でさえ一緒に取り組む機会が増えた。好きな人の役に立てるっていうのは、素直に嬉しく誇らしい。なんとも形容しがたい幸福感を胸いっぱいに噛み締めて、今日も今日とて隣り合わせでペンを持つ。

――トン。


「っ、?」


不意に触れた肩にびくり。脈打つ鼓動を宥めながら隣を見れば丁度狗巻くんも振り向いて、夜空みたいなその双眼が間近でやんわり細まった。なんて意地悪で愛しい人か。発せられた優しい「高菜」はどこか楽しげに弾んで聞こえ、ああからかわれてるんだって思い当たる。見た目に寄らず悪戯好きな彼のこと。きっと私の反応で遊んでる。

分かっていても、既に熱は沸いた後。そう簡単に冷めはせず、結局「びっくりした」って笑みに乗せてちょっと逃がした。


「どうかした?」
「おかか」
「何もないの?」
「しゃけしゃけ」
「もう……」


気を取り直し、なんとか三行くらい書き進めた頃。離れた肩が再びトン、と寄ってくる。やっぱり跳ねた私を見下ろし、今度は可笑しそうに細まる瞳。胸の真ん中辺りがドキドキとくとく高鳴って、まるで全身が心臓みたい。狗巻くんはこんなに普段通りなのにね。私ばっかり余裕がなくて、それがどうにも悔しくて。

「だからびっくりしちゃうでしょ」って拗ねた振りを試みる。ぷんっとそっぽを向いて、狗巻くんなんてもう知らない。そしたら本気にしたのだろう。途端に焦りを孕んだ声が「お、おかか……?ツナマヨ?」と制服の袖をくいくい引いた。思わず緩んでしまいそうな頬を引き締めて、仕方ない風を装いながら目だけで振り返る。

視界の中、濃紫を縁取る長い睫毛が瞬いて、カリカリカリ。一体どうしたのやら。急に紙面を擦り始めた彼のペン先へ、自然と視線が落ちていく。彼特有の角張った字が一つ一つ出来上がり――


『なまえ、好き』


なんとも弱いこの心臓をさっくりズキュンッと撃ち抜いた。

こんなのズルいよ、ねえ棘くん。
私も好きって、言ってもいい……?


title 凍土
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