しみひとつない惑星の隅




窓から見えた星空が、あんまり綺麗だから外へ出た。もう眠っているだろう皆を起こしてしまわぬよう、静かに寮から遠ざかる。四角い木枠も葉陰もなく、限定されない視界を求めて屋根へ上る。

今日は月がないからか。頭上一面に輝く星々は、まるで敷き詰められた砂金のように幾度もちかちか瞬いていた。明かりがない中、人が肉眼で確認出来るのは六等星まで。一等星から合わせて数えると8600個。その内地平線から上半分と空気の澄み具合を換算すれば、現状視認出来ているのは多くとも約3000個。そう何かの本に書いてあった。たぶん恵の部屋で読んだもの。

愛想のない横顔が脳裏に浮かんだその瞬間、良く知る声が空気を裂いた。


「風邪引くぞ」


噂をすれば何とやら。視線を投げると、制服姿の恵が呆れた顔で立っていた。任務帰りかこれからか、それとも野暮用を済ませた後か。

彼が一歩進む度、瓦が小さく音を立てる。


「大丈夫だよ。私免疫力高いから」
「前もそう言って熱出しただろ」
「そうだっけ?」
「オマエ……」


溜息混じり。真横で止まった恵は、仕方ないと言わんばかりに脱いだ上着で私をすっぽり包み込んだ。肩も身幅も全然違うその襟首を、ぐいっと引っ張られて向かい合う。途端、頬に触れた指の背。色が白くて睫毛も長い綺麗な顔立ちには不似合いな、ごつごつとした温かさ。

顰めっ面が視界いっぱいに広がって、けれどそのまま肩へと落ち着く。


「もっと自分を大事にしろ。……馬鹿なまえ」


もう耳にタコ。それでも容易く心を侵す、ぶっきらぼうな優しい声音。僅かに震えて響くのは、彼の脳裏にお姉さんがいるからか。私まで失いたくないからか。そう切なる願いを星に祈っているからか。

回した腕で抱き締める。引こうとした背を力いっぱい捕らえてみせ、恵の匂いを肺いっぱいに吸い込んで、「ありがと」って彼の肩越し。満天の星空へ微笑みかける。

大丈夫。私はちゃんとここにいる。熱は出るしたぶん風邪も引くけれど、色んな意味で一般人ほどヤワじゃない。


「ありがとね。大好きだよ」
「……ん」


こうして恵がうんと大事にしてくれるから、そうそう簡単に死ねないなあって世界が愛しくなるんだよ。


title 凍土
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