今日はえいえんの最初の日




色とりどりの店先で足を止めた。いろんな花があるんだなあ。いつだかなまえがお気に入りだと言ってた花、なんだっけ。あっちこっち目移りしつつ、記憶を辿る。

赤葦なら覚えてるかな。電話したら出るかな。徹夜明けで死んでたら、なんかちょっとわりいよなあ。うーん……まあいっか。しかたない。バレー以外の横文字を覚えるのは苦手。きっとなまえもわかってくれる。


「なにかお探しですか?」


タイミング良く微笑みかけてくれた店員さんに、女の子が両手で抱えられるくらい大きくて、綺麗で華やかな花束をお願いする。ずいぶんアバウトだったけど、店員さんは上手かった。プレゼント用ですね、どなたに贈られますか? ご予算はおいくらくらいでしょう? お相手の方のイメージは? 何かお伝えしたいことはありますか? 答える内にするする花が決まっていって、シャキンと茎が揃えられ。最終、俺の片腕におさまるくらいで仕上がった。ちょっと大きかったかも。まあいっか。大は小をかねるって赤葦言ってたし。

諭吉を三人置いて店を出る。釣りはいいよ、とっといて。お姉さんのおかげで成功するからさ。

赤いバラと白い花。見た目はもちろん、品良く香るにおいがすっげえ良い感じ。教えてもらった花の名前と花言葉はもう忘れたけれど、なまえ、喜んでくれるかなあ。





エレベーター内の鏡前で襟を正す。赤葦も黒尾もスーツで行った方がいいって言うから今日はビシッと決めてきた。殺風景な廊下を進み、インターホンをワンプッシュ。すぐに足音が聞こえてきて、扉が開くとほぼ同時。どうぞ、と顔を出したなまえは固まった。

ぱちぱち。音が鳴りそうなほど長い睫毛が瞬いて、偏光ラメが瞼の上でキラキラ波打つ。俺のためにメイクしたのかな。無防備なすっぴんも透き通ってて好きだけど、これはこれで色っぽい。ぱあっと咲いてく笑顔から途端に滲むあどけなさもすっげえ可愛い。


「カサブランカ! すごい、こんなのあるんだ。いい匂い」
「へへ、なまえに買ってきた」
「ありがとう光太郎。私、この花好きなの」


おお、あの店員さんすげえな。たったあれだけの質問で俺が忘れてたなまえの好きな花、当てちゃった。やっぱりお釣り、とっといてもらって正解だ。


「あ、待ってなまえ」
「ん?」


早速花束を抱えようとしたなまえを制し、玄関の上がり口へ跪く。ちょっとかっこわりいけど、渡してから手ぶらでタイミングをはかるよりは断然いい。本当は指輪パカッてやつが理想だろうけど、赤葦も猿も黒尾も木葉もやっくんも、女は好みがあるし店連れてって選ばせる方が間違いない、って言うから買ってきてねえの。

見上げれば、本日二回目のきょとん顔。可愛いなって綻ぶ頬は、あいにく抑えられそうにない。大事な場面で締まりがなくてほんとごめん。でも、こんな俺をずっと好きでいてくれているなまえは簡単に許してくれる。今も昔も俺だけの、世界にたったひとりだけのお姫さま。

息を吸う。緊張はしない。大丈夫。だって答え、知ってるからな。


「なまえ。一生大事にするし、幸せにする。すげえ好き。大好き。だから俺と、結婚してください」


赤いバラと白いカサブランカの花束を、華奢な腕がそっと抱く。よかった。ちゃんと抱えきれている。俯いてしまったなまえの顔は花に隠れて見えないけれど、ちょっぴり安堵。ついで小さく震えた吐息がこぼされ再び安堵。

あーけどこれは、泣いてんな。嫌がって泣くってないだろうから嬉し泣き。返事の仕方、感極まってる頭の中で必死に探してんだろな。べつに俺はこの反応だけで充分なんだけど、なまえはちゃんとお返事したがるすっげえ良い子。可愛いな。俺が拭ってやんねえとな。


「なまえ」


立ち上がり、小さな頭をこわさないよう優しく撫でる。本当は抱き締めたいけれど花が潰れてしまうから。

まるで猫みたいな手触りの、俺とは違う髪を梳く。むせ返る花のにおいが、溢れんばかりの愛おしさと小指を結ぶ。鼻をすすったなまえはまだ顔を上げてくれないけれど、花弁にはらはら降り落ちている水滴が、灯りを弾いて光ってる。


title エナメル
Thank's for clap




back