きみがふるわす空気がすきだ




「いつまで眺めてんの」
「えー、ダメ?」
「ダメじゃねえけど」
「じゃーいいじゃん」


赤信号が黄色点滅へと変わる。ほら鉄朗、わたしばっかり見てないで。フロントガラスを指差して、宙で小突いてみせるなまえが楽しそう。とろみがついている声も、ほんのり上気した肌も、嬉しくって緩みきっている頬も、ほのかに漂うアルコールの香りさえ。


「ちょっと聞いてる? 黄色だよ、きーいーろ」
「はいはい。聞いてるし見えてるよ」


まるで子どもに言い聞かせるよう。そのくせ舌っ足らずなミスマッチさに笑いつつ、アクセルを踏んだ。そんな慌てなくても後ろ、誰もいねえよ。

デジタル表示が午前一時を過ぎる。無数の光点が輝く空では、最早どれが一番星だかわからない。眠らない街と称される東京だけど、それは一部の地域だけ。これくらいの時間には、だいたいどこも夢の中。エンジンをふかすようなやんちゃさんも見当たらない。


「きれいだね」
「そりゃまあ、一応本物ですんで」
「サイズぴったり」
「ちゃんと測ったからね」
「いつ?」
「おまえが寝てる間」
「うそ。ぜんぜん気付かなかった」
「そんだけぐっすりの時狙ったんだよ。気付かれたら意味ねえでしょ?」
「それもそっか」
「そうそう」
「ふふ、すてき」


よっぽど嬉しかったらしい。ダイヤモンドが光るなまえの左手は、未だ彼女の眼前に翳されている。夜景が有名なレストランでワイン片手にコース料理を堪能し『結婚しよう』と捧げた指輪。店を出た時からずっと―――否、二つ返事で頷いて『つけてつけて』とわくわく顔で差し出された薬指にはめてやった時からずっと、なまえはうっとり眺めてる。右へ左へ傾けて、屈折する光の粒を窓に映しては楽しんでいる。

ほんと、お気に召して何よりだ。仕事の合間も休日も、いろんな店を回って散々悩んだ俺が報われる。

華奢な指に合うようダイヤは少々小ぶり。その分、カット方法やポリッシュ具合、デザインにはこだわった。大学を出て就職し、一人前になるまで待たせてしまったお詫びも兼ねた、俺の給料三ヶ月分。そんなことはまあ言いませんけど、大事にしてくれたらいいと思う。


「ありがとう鉄朗。わたし、世界一幸せだ」
「どーも。嬉しいけど、世界一、は式まで取っといて」
「あ、そっか。ウエディングドレス選ばなきゃ」
「その前に式場な」
「お家探しもしたいなあ。クイーンベッド入るとこ」
「そんなでかいベッド買うの?」
「鉄朗のためにね」
「マジ? 俺セミかダブルくらいでいいよ」
「そう?」
「狭い方がくっつけるし」
「ふは、わたしのこと大好きじゃん」
「そりゃもう。プロポーズしたくらいなんで」
「んふふ、そうでした」


ありがと、大好きだよ。

愛しいなまえのやわい声でふわふわ車内が満たされる。俺の鼓膜も心もすべて、今日から永久に充たされる。


title alkalism
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