ギフト




高専生の輪の中で、悟くんは笑っていた。花束にチョコレート、チキンとケーキの箱を抱える姿がなんとも嬉しそう。大切な生徒に祝ってもらえて、幸せそう。

わたしが行ったらお邪魔かな。せっかく来たけど、まあいいか。元気そうな顔が見れた。それでいい。どうせ約束もしてないし、プレゼントの用意もない。金も呪力も家柄もすべてを持っている悟くんの喜ぶ物が、わたしには、どうしたってわからなかった。


今思えば、たった数千円の花束と美味しいオペラで良かったね。もう学生じゃないんだし、って、むずかしく考えすぎていた。キーケースから始まって、財布だとか時計とか。大人の階段をのぼるにつれて、気持ちよりも商品価値を考慮するようになってしまうのはなんでだろう。まだ学生だったあの頃は、それこそ、栄養ドリンクをあけた時に残るフタの輪っかで良かった。はいなまえ、指輪。平然とわたしの薬指へはめた悟くんに当時は心底呆れたけれど、それくらいで良かったね。


「おめでとう」


呟いて、踵を返す。ぜんぜん歳をとらないあなたが羨ましいよ。

わたしなんて高い美容液でケアして、月に一度エステに行かなきゃもうダメだ。若さには勝てないって言うにはまだ早いけど、そう言える日へのカウントダウンは始まっている。その内、いくつになっても綺麗でかっこいい悟くんに会うことさえ、躊躇うようになるのだろう。

頬を擦る北風が、ひゅるりと髪を巻き上げた。視界が一瞬塞がって、立ち止まって、撫で付ける。耳の後ろへ流した指を下ろそうとしたその瞬間、あたたかな手に捕まった。


「帰るの?」
「……悟くん」
「うん、僕だよ。会いに来てくれたんでしょ? 急用思い出しちゃった? それとも―――」


鼓膜の隣、視界の端で空気が揺らぐ。


「遠慮した?」
「、」


振り向く間もなく覗き込まれて、ちょっと肩が跳ねてしまった。単に驚いただけだけど、これじゃ図星と言ったも同然。案の定、悟くんは口の端を上げて笑った。やっぱり、って。


「やっぱり。なまえなら全然いいのに」
「ごめん。生徒と楽しそうだったから」
「なんなら紹介するよ? ほら見て、悠仁とか興味津々」


促されるまま振り向くと、さっきまで悟くんが抱えていたはずのプレゼントを手に待ってる皆がこちらを見ていた。判別するには距離があるけど二年生はわかる。百鬼夜行の後にちょっと面倒を見た。でもユウジって名前はいなかったから、きっと初めて目にするあの赤いパーカー男子のことかな。伏黒くんの隣でずいぶんそわついている。


「可愛いでしょー」
「うん。でも紹介はいいよ。わたし先生じゃないし、悟くんから適当に言っといて」
「じゃあ婚約者だって教えとくよ」
「冗談が過ぎない?」
「恋人でもいいけど、どっちにする?」
「まさかの二択」


また軽い冗談だ。似たようなやり取りは学生時代にも何度かあった。だからなんてことはない。変に期待することも、傷付くことだってない。相変わらずだなあって微笑ましく思うだけ。ほんと、悟くんは変わらなくって安心するよ。


「ほら、どっちがいい?」


いつの間にか繋がれていた手を、うにうに揉んで急かされる。どうやら彼は、この戯れを続ける気らしい。際どい二択を選ぶまで、あいにく離されそうにない。婚約者か、恋人か。あまり大差はないけれど。


「婚約者、かな」
「なんで?」
「恋人よりは花嫁さんになれる可能性が高そうだから」
「へえ。花嫁になりたいんだ?」
「そりゃあ一応女だからね。夢も見るよ。見るだけならタダだし」


微笑みかけて、悟くんの力がゆるんだ隙に手を引っ込めた。

今更だけど、気付いてくれてありがとう。呼び止めてくれて、話してくれて、ありがとう。ほんとはわたしが与えなくちゃいけない日なのに、もらってばかりでごめんね。なんて前置きは心の中に留めておいて、口を開く。


「誕生日おめでとう。ごめんね。プレゼント全然思いつかなくて、今日ないの。またなにか送っとくね」


このままバイバイするのは名残惜しいから、一旦区切って返事を待つ。悟くんは意外にも笑みを消したその唇で、いいよ、と言った。


「いいよ、送らなくて」
「えっ……と……?」
「代わりになまえが好きな指輪、選んで教えて」
「指輪?」
「そ。色とかデザインとか、好みあるでしょ? 今はカタログもネットに載ってるし、君そういうの得意じゃん。今日じゃなくていいからさ」
「待って。ネットは見れるけど、……え? どういうこと?」


話が読めない。指輪の好みはまああるけれど、それを教えることがどうして“悟くんの誕生日プレゼントの代わり”になるんだろう。間違っても有益な情報じゃないし、もちろん役にも立てっこない。思考を回せば回すほど、クエスチョンマークが増えていく。もしかして今までのお遊び全部、軽い冗談じゃなかった……?

いよいよ遡って悩み始めたわたしを見兼ねた悟くんは、息をついて可笑しそうに笑った。そうして大きな手のひらで、わたしの左手をすくう。日焼け知らずだけれどしっかり男の人である指先が、薬指の付け根をするり。


「全然わかってなかったみたいだから、ちゃんとした、フタじゃないやつあげるよってこと。だから選んで教えて。で、なまえの一生、僕にちょうだい」


北風が、ふわりと髪を巻き上げた。


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