「手があったかいひとはね、心が冷たいんだってよ」
俺の隣を歩くなまえは、なんの脈絡もなくそう言った。さっきまで、どっかでメシが食いたいだの、最近公開された映画を観に行きたいだの、まるで関係ないことを話していたクセに。俺は未だにこいつの思考回路を理解できていない。むしろ、もう一生理解できないような気さえしている。
「へえ。で? お前はなにが言いたいわけ?」
「でも、それぜったい嘘だよ。って」
「なんの根拠があんだよ」
そう言って笑ったら、なまえは真剣な顔で俺を見た。そのあとで、体の脇にぶら下がっていた俺の右手を取る。こいつの手は小さくて、いつもあたたかい。だったら、お前も心冷たいって事じゃん。と胸の内で呟いた。
「だって、篤京の手はあったかいよ」
「それは俺の心が冷たいって言ってんのか」
「違うよ、その逆」
なまえは笑って首を振る。ついこの間切ったばかりの髪がさらさらと揺れた。
この幼馴染みの髪がこうやって短くなったり、長くなっていくのを、もう何回見て来ただろう。笑った顔も、泣いた顔も。色んな感情が波のように押し寄せて来て、気付いた時には口から言葉が溢れていた。
「別に心なんか冷たくたっていい。お前の手はあたためてやれる」
聞こえるか聞こえないかというくらいの声だったのに、それをちゃんと聞き取ったなまえは、俺を見て大きく目を見開いた。色んな感情でまだ揺れている瞳を、ふっと細めて穏やかに笑う。
「なんでだろ、篤京ってそういうとこかっこいいよね」
「褒めても何も出ないからな」
「あら、残念」
おどけるなまえの頬に滴が落ちる。それに気付いたなまえは灰色に濁った空を見上げた。つられて空を見上げた俺にも銀色の滴が降り注いだ。
俺が空を見ている間に、なまえは鞄をあさって折り畳み傘を取り出していた。傘を開き終わったなまえの手から傘の柄を奪い取る。びっくりした顔は、すぐに満面の笑みに変わった。
「ほら、やっぱり嘘だったでしょ」