しぶとい。いつもだったら他にも、うざいとか、喧しいとか、お前のそれが芸術ならゴミ置き場だって芸術だろとか、そんな言葉が頭のなかに堆積しているのに、今は、しぶとい、それ以外の言葉は頭の隅っこの方へ追いやられているらしい。
「サルバドール·ダリ。超簡単じゃん」
私の質問に対する答えを余裕たっぷりに宣言したこいつは、わざとらしく首を捻りながら、次に出す問題を考え始めた。そのまま首をやってしまえばいいのに、と冷静に残酷なことを考える私の頭は、それなりに芸術(主に絵画)について理解しているつもりだ。それなのに、私の目の前のこいつが、そんなに自信があるなら俺と勝負してみるじゃん、とか言い出しやがって、しかも、勝ったらなんでもひとつ聞いてやるけど、負けたらなんでもひとつ言うこと聞けよ、とまで言われてバカにされて、冷静でいられるはずがない。
「んじゃ、”ゲルニカ”を描いたのは、」
バカにしてんのかこいつ。
「パブロ·ピカソ」
「で、す、がー。問題最後まで聞けよなまえチャン」
「お前ほんと腹立つ」
「その絵が完成したのは何年でしょーか?」
「卑怯者。年数なんかいちいち憶えてられるか」
「”ゲルニカ”は有名じゃん? 年数くらい憶えとけって」
もう勝ちを確信したのかニヤニヤと笑うギガに舌打ちをする。今になって、こいつの安すぎる挑発に乗ったことを後悔し始めていた。かと言って、なかったことに、とか言い出すのは私の高すぎる自尊心が許してくれそうにないから、もう勘でいくしかない。19年代なのは間違いないだろうから、下2桁……。
「19……、」
「19?」
「3……、」
3の数字を出したとき、ギガの顔が僅かに歪んだ。ので、3は間違いない。あと1桁……。
「3……、6」
私はこの瞬間ほど、本気で人間をぶん殴ってやりたいと思ったことはない。後にも先にもきっとない。
してやったり顔のギガと対照的に、私はきっと顔を引きつらせていたと思う。
「超惜しいじゃん! あと一声だったのに」
「うるさいだまれしね」
「ってことで俺の勝ちねー。んじゃあ……、」
「しね、とか言ったらお前をころしにかかるからな」
「いや、そんなん言うわけないって」
そう言って顔の前で手をぶんぶんと振っていたギガは、はっと思いついたように手を止めた。そしてぽつりと呟く。
「電話番号」
「は?」
「番号教えて」
そう言えばそうだった。今まで何回か言われてたけど、全部徹底的に拒んだんだった。でも、連絡先くらいで済むんだったらそれに越したことはない。と思う。わざわざスマホを取り出すのが面倒くさかったから、ノートの切れっ端に書いて渡した。
「……これ、ホントになまえの?」
「疑うんなら捨てれば」
とだけ言って、私は鞄を持って席を立つ。じゃあ途中まで一緒に、と言ってくるあいつに、ひとつだけ、と指を立てて、私はさっさと踵を返した。翌日からの着信履歴が悲惨なことになるのを、このときの私はまだ知らなかった。