心臓、という機関があるあたりの衣服を握りしめるなまえの目から、静かに透明な液体が溢れ出す。
その美しい液体に触れてみたい、という好奇心に駆られて、私はそっとなまえの頬へと指先を滑らせた。
傷つけないよう、慎重に慎重を重ねて。指先の感覚機関が液体の温度を感知する。それはほんの少しだけ温かい。なぜかわからないが、私は少しだけ安堵した。もしもこの液体が氷のように冷たかったなら、彼女に拒絶されているように感じただろう。そのせいかも知れない。
私が触れたことに気づいた彼女は、驚いたような顔で私の方を振り向いた。右手を持ち上げて頬に触れ、私がそこを伝っていた液体に触れたことがわかると、彼女は大きく見開いた目を細めて、ふっと寂しそうに微笑んだ。
「ごめんなさい」
微笑む彼女の口からこぼれた謝罪の意味を、私は汲み取ることができない。
一体、なにに対しての謝罪だろう。私の前で目から液体を流したことだろうか。人間にとって、それは謝罪に値する罪なのだろうか。……いや、きっと私の理解し得るところではないのだろう。
ただ、私を見上げて寂しそうに微笑む彼女が、ふとした瞬間にも、私の目の前から消えていなくなってしまうような、そんな予感がして。私は彼女がどこへも行ってしまわないよう、両方の腕で彼女をそっと包み込んだ。
叫び出したくなるのを必死に堪えているような声と、微かな振動に、私は彼女を包む腕の力を少しだけ強くする。
どこにも行かないでくれ、なまえ。そう呟くと、彼女は堪えきれずに声をあげて泣き始めた。
私の腕を握りしめて、もういなくなってしまった男の名前を繰り返し呟き肩を震わせる彼女を、どうしようもなく愛おしいと思ってしまうのは罪だろうか。