安定剤

乱入者守屋とのジャガイモ料理対決にものの見事にボロ負けした俺は、もう立っている気力も無くなって、実習室の床に突っ伏した。火傷した左手がじわじわ痛い。なんか身体中の血液が流れ出ちゃってるような気がしないでもないけど、っていうか流れ出てるだろこれ、やばいぞ眼前暗黒感が。とか思っていたら、終業のチャイムが鳴り響いた。ガタガタと調理器具やらなにやらを片付ける音もだんだんと小さくなる。それに代わって、バタバタと実習室を出て行く足音が大きくなった。
薄情者たちめ。うつ伏せていた顔を上げ、避難を込めてありったけ目を細める。そんな俺の視界に、靴のつま先が入ってきた。
ちらっと目だけで上を見ると、なまえが俺を見下ろしながら心配そうな顔をしている。なまえのやさしさに感動しつつ、これ以上心配をかけるわけにいかないと思って上体を起こした。

「森崎くん、大丈夫?」

胡座を組んだ俺と視線を合わせるように、目の前にしゃがんだなまえは首をかしげた。顔が少し青白いような気がする。いきなりぶっ倒れたんだもんな、悪いことした……。

「大丈夫、大丈夫! 心配してくれてありがとな」

手をひらひらと振ってもう元気ですよアピールをする。そんな俺をじっと見つめて、なまえは安心したようなため息をついた。

「もう、いきなり倒れるからびっくりしたよ」
「うん。悪い悪い」
「さっきの勝負、残念だったね」
「あー……、まあでも、あれは確かに負けだったわ。俺の」

もっとあそこでああしとけば良かった、とか、あそこはこうするべきだった、とか、そんな今更かよって俺の話を、うん、うん、とやさしい顔で微笑みながら、なまえはちゃんと聞いてくれている。
これも今更だけど、ジャガイモの皮一発剥きとか、あんなカッコつけといて勝てなかった俺ってめちゃくちゃダサくね?
とか、そんなようなことをなまえにそれとなーく聞いてみたら、きょとんとした顔で、カッコよかったけど、って返ってきた。天使!調理学部には天使がいます!
そしてなまえは、こんな不甲斐ない俺に向かって手を伸ばしてくれた。

「ほら、次の授業、遅れちゃう」

そんななまえの笑顔に、なんかもう全部吹っ切れて、よし! とか言いながら勢いよく立ち上がった俺は、差し出された手を握って実習室を飛び出した。後ろでなまえの透き通った笑い声が聞こえている。



Short TOP