あ。と思った時にはもう遅かった。私に道を尋ねてきた他学部の生徒の顔が、左側から飛んできた足によって歪な形に変わっていく。映画さながらのスローモーション。と思った次の瞬間、ものすごい勢いで私の前から人間が消えた。なにかにぶつかる派手な音が聞こえて、髪が横になびくレベルだ。やばすぎる。
他学部の生徒が消えたほうを見ていた私が視線を戻すと、不機嫌そうな顔をした京くんが立っていた。口元がバンダナで隠れているから表情はわからないけど、いつも以上に据わった目が、明らかに、俺は不機嫌ですと言っている。
「ちょっと道を聞かれただけだよ、京くん……」
大丈夫かなと思って、また右のほうを見やった。今ではちょっとした人だかりになっていて、誰か救急車ー!とか、人工呼吸ー!とか、AEDをここへー!と叫ぶ声まで聞こえている。いやちょっとやばいんじゃないでしょうか!
「知らない奴に話しかけられたら無視しろって言ったと思うんだけど」
「いや、だって、あれはナンパとかじゃなかったし、道聞かれただけで、」
弁解すると、京くんはまるであんな騒ぎなんて目に入らないかのように、私の前まで歩いてきた。私のほうが背が低いせいで、どうしても見上げるような格好になってしまう。京くんのピンクの髪がさらりと揺れる。そんなことを考えている場合じゃないのに、きれいだな、なんて思った。
「じゃあ、なまえは俺が知らない女子と話してても嫌じゃないの」
「話すぐらいだったら別にいいけど、って、ねえ、今はそんなこと言ってる場合じゃ……」
ちらちらと右を伺いながら言ってみるけど、京くんはどこ吹く風。
「なまえがそう思ってても、俺は嫌なの」
京くんは、私の手を掴んでスタスタと逆方向に歩き出す。遠ざかる喧騒。遠くからやっと救急車のサイレンが聞こえてきた。いくらなんでもあれはないよ。と諌める私を無表情で見つめたあと、京くんは、ちらっとそっちを一瞥して視線を戻す。そして、次は気をつけてね。とか言ってきた。おい私のせいかよ。心の中だけでツッコミを入れる。でも、
「なまえは俺のだから」
なんて真剣な声で言われると、説教する気も失せると言うか、なんと言うか。