置いていかれた北で子守唄を囁く

私の肩越しに誰かを見つけたのか、秀継は目を輝かせながら、その誰かの名前をそっと呟いた。私が振り向くと、そこには想像と一寸違わない人物が立っている。
ユーリ学部長。私は彼の名前を頭のなかだけで呟く。あんな秀継の顔を見た後では、その名前を口に出すのがなんとなく嫌だった。
嫉妬なんて馬鹿げてる、頭ではちゃんと解っているつもりだった。私だって、学部長のことはもちろん尊敬しているし、嫌悪だとか、そういう感情は一切抱いていない。
ちらりと横目で隣を伺う。うれしそうな秀継の顔。子供だったときのことを思い出した。子供の頃、彼はいつもあんな顔をしていたような気がする。なにかの病気で入院してからだったと思う。秀継があまり笑わないようになったのは。入院の理由を聞いても、首を振るばかりで絶対に答えようとはしない。そんなだから、私は今日までその理由を知らないでいる。

「すみませんなまえ、レポートのことは放課後にお願いできませんか?」
「うん、構わない。じゃあ放課後に」

すみません。私に向かって申し訳なさそうな顔で頷くと、彼はくるりと白衣を翻して歩き始める。

「秀継、」

私の声に、彼は立ち止まって振り向いた。その顔に煩わしさが見当たらなかったことに、少しだけ安心する。
口を開こうとして、学部長の顔が目に入った。頭の上にクエスチョンマークが浮かびそうな顔で、首を傾げている。
私はうすく微笑んで首を振った。

「ごめん、なんでもない」

だって馬鹿みたいじゃないか。寂しいなんて。



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