私は泣いていなかった。
悲しかったのは確か。苦しかったのも。でも、それでも、私は泣いていなかった。まわりの人間はみんな泣いていたのに。
誰かが、祖母の眠る棺の前で、泣きながら踞った。その人が棺の縁にかけた手に握られた百合の花が、折れて床に転がる。私は床に転がった花を、祖母の顔の横に置いてあげた。たくさんの花に囲まれた彼女はとても綺麗で、その顔は微笑んでいるようにも見えた。
葬列から視線を外して、足下を見る。
子供だった私は、人が死ぬということを知らなかった。
誰も教えてくれなかった。祖母も祖父も、いつか自分たちが、私の前からいなくなってしまうなんて、教えてくれなかった。
祖母がどこへ行ってしまったのかを、大人になった今でも、私は知らない。
天国だろうか。そんなものが、果たして本当に……。
「なまえ」
誰かが自分を呼ぶ声が聞こえた。
瞬きをすると、いつの間にか葬列は消えていた。祖母の棺があった場所には、ステンドグラスから差し込んだ光が床に散らばっているだけ。
椅子に座ったまま、私が首だけで後ろを振り向くと、ベルゼさんがもの珍しそうに、かつては美しかったであろう天井に描かれた天使や、割れたステンドグラスを見回しながらこっちへ歩いてくるところだった。
神父服を身につけてはいるけれど、その職を生業としているのではなく、それどころか、それとは真逆の立場にあるのだと前に聞いたことがある。
「大丈夫なんですか? こんなところへ来てしまって」
「うーん、まあ、気分は最悪だけど。どうにかなるほどじゃないね」
大理石を踏みながらこちらへ歩いてくる素足が冷たそうだと思った。
「でも、神の象徴がこうやって少しづつ朽ちていくのを見るのは気分がいい」
そう言って、私たちの他には誰もいない教会をぐるりと見渡した。彼は実際に機嫌がよさそうで、その目は穏やかに細められる。
「君は、神を信じているかい?」
隣に腰掛けた彼は、私の首から下がっている十字架を手に取った。それを眺めたあと、視線を私に合わせる。少しだけ首を傾げながら。彼の問いに、私は素直に頷いた。いつだって、素直であることが美徳だと言われ続けてきたのだから。
「人も物も壊れるけれど、思想は壊れない」
「それで救われる?」
「そう信じれば」
そう返すと、彼はにわかに笑い出した。ひとしきり笑ったあと、彼は私に向かって手を伸ばす。その手が頬に触れた。死んでいるんじゃないかと思うくらい冷たくて、思わず彼の手に手を重ねてしまう。温めてあげようと思ったのかもしれない。
びっくりしたように一瞬だけ目を見開いたあと、彼はいつもの笑顔を浮かべる。
「やさしいんだね、なまえは」
そして全てを理解したような、見ているこっちの胸が張り裂けるような顔で私を見つめた。
「君は、僕のものになってはくれないのだね」
ああ、彼がこんな悲しい顔をしないで済むなら、この体温が奪われたって一向に構わない。そう思いながら静かに目を閉じる。
私が死んだら、誰が顔の横に花を置いてくれるのだろう。